広沢池畔の歴史を感じる。
遍照寺の特徴
遍照寺は応仁の乱以前、広いお寺だった歴史があるのです。
平安時代中期に宇多天皇の孫が founded した寺院です。
桜以降にはフジや山吹が見頃で訪れる価値があります。
遍照寺は広沢池の近くに位置し、989年(平安時代中期)に宇多天皇の孫である寛朝僧正によって広沢池畔の山荘が寺院に改められました。この寺院は「嵯峨富士」と称される端麗な遍照寺山を映す広沢池に位置し、金色の観世音菩薩を祀る観音島が存在しました。多宝塔や釣殿など、壮大な伽藍が池畔に建てられていました。寛朝僧正の没後、遍照寺は次第に衰退しましたが、鎌倉時代に後宇多天皇によって復興されました。しかし、その後応仁の乱で寺は廃墟となりました。奇跡的に難を逃れた赤不動明王像と十一面観音像は、ともに創建当時の作品であり、定朝の父である康尚によるものとされています。現在、これらの像は国の指定を受けた重要文化財として保存されています。
前から気になっていましたが、本日訪問。時間の都合で、観音様などの拝観はしませんでしたが、お参りし御朱印をいただきました。源氏物語の「夕顔」のエピソードにも関連があり、さすが京都と思える素敵なお寺でした💖他の方の書き込みで、桜→藤の花が素晴らしいとのことなので、また春に来たいです✨
桜が終わればフジと山吹が見頃となりました。穴場スポットの遍照寺が見頃でした。拝観−🅿共に無料です。
京都市右京区、真言宗御室派 準別格本山 広沢山 遍照寺。平安時代の永延3年(989年)に成田山新勝寺を開いた寛朝僧正が、広沢池の湖畔の山荘を改めて寺院にしたのが創建とされる。本尊は重要文化財である十一面観音立像である。
平成29年5月に非公開文化財特別拝観で参拝しました。平成3年以来2度目です。遍照寺は真言宗御室派のお寺です。本尊十一面観音像と赤不動像を拝観し御朱印をいただきました。どちらの仏像も重要文化財に指定されています。
名前 |
遍照寺 |
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ジャンル |
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電話番号 |
075-861-0413 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.9 |
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遍照寺は決して有名ではありませんし、現在は小さいお寺ですが、応仁の乱までは、広沢の池の北西にあり、かなり広いお寺だったそうです。また、お寺から北に数分歩くと、京都で一番大きなため池(現在は京都市所有で民間が使用している養殖池)である広沢の池があり、その北側の小さな山が「遍照寺山」です。名前からしてお寺の所有する山だったのでしょうかね。この遍照寺山は、江戸時代、世阿弥家の所領で、江戸時代重宝された衣笠砥石の産地でした。現在は、勝手に入山することは出来ませんが、山の中腹に当時の廃坑跡があります。(江戸時代の廃坑なので、現代人には低く感じる高さです)また、広沢の池は平家物語に出てくる月の名所ですので、このお寺から千代の小道をずっと歩くのもお勧めです。