静寂の中で大鵬の手形に触れる。
雪ヶ谷八幡神社の特徴
雪ヶ谷八幡神社の境内には出世石として有名な大鵬の手形がある。
初詣や紅葉を楽しむ静かな環境が魅力的な神社です。
地元の人々に愛され、訪れる度に心温まる雰囲気が感じられます。
石川台駅近くにある神社です。商店街の散歩がてらに立ち寄りました。緑が多く静かで落ちつける良い神社でした。石段で上に登っていくので足が悪かったりする人には少し大変かもしれません。寺社仏閣に参拝すると、いつも気持ちが浄化されます。いつでも神社やお寺を敬う心は持っていたいですね。ちなみに石川台の駅前商店街と希望ヶ丘商店街はあまり元気がありませんでした。特に駅前商店街の方はシャッターを閉じてるところも多かったです。まあ規模が小さいので仕方ないのかもしれません。希望ヶ丘商店街の方は結構長いのですが、やはりこちらもそれほど賑わっている感じではなかったです。アド街で見た時はもっと活気ある感じだったのですが、イメージと違いました。
御朱印が気になり兼務社3社を全て参拝してから参りました。住宅街に鎮座していますか、境内は木々に囲まれ子供たちが遊んでる雰囲気よ良い神社です。御朱印も気持ち良くいただけました。
手水舎がとても珍しいです。通常は龍神がほとんどですが、獅子?が口から水を出しているのは初めてみました。浦和の調神社の手水舎がうさぎ 羽田の羽田神社の手水舎が牛です。 それと同じくらい珍しいです。
東急池上線石川台駅より徒歩5分ほどです。創建は1558年〜1569年頃。御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)です。閑静な住宅街にあり、小高い丘にあるイメージです。空気も境内に入るとガラリと変わります。
住宅街にあるので静かな環境で、参拝者も地元が多そうで、氏子の方々に愛されている感じがして、良い雰囲気の神社すぐ近くに小さい公園があって、そこに横綱大鵬の手形が刻まれた大石「出世石」というのがありました。
社伝では、当社の創建は永禄年中(1558~1569)と誌され、北条左京太夫氏康の臣太田新六郎管内巡視の際、当所に於いて法華経曼荼羅(ほけきょうまんだら)の古碑を発掘し、その奇瑞(きずい)におり八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)を創祀す。爾来、元亀・天正戦乱の世を経て慶長・元和の頃、円長寺・長慶寺の創建により別当として二寺臨年に奉仕するところとなる。旧中原街道沿道髄一の由緒深き神社として諸人の崇敬のもとに、文久3年2月社殿再建の業を起こし、明治3年11月拝殿造営、ついで明治23年再び工を起こし、明治28年11月25日本殿落成遷宮を行う。明治維新後の神仏分離により明治5年村社に列せられる。昭和20年5月戦災に依り社殿焼失、昭和34年8月現社殿の造営なるとされております。初めは、御朱印をいただける神社ということで参拝しましたが、大横綱大鵬の手形が刻まれている出世石が、境内に設置されていることを初めて知りました。東急池上線石川台駅の近くにございます。
児童公園と隣接しており、静かです。人も少ないです。ちょっと古いですが、テーブルと椅子が置かれています。
段丘の斜面に鎮座する八幡神社は、北條氏康に起因するとの事。ビルや建物がない当時なら、多摩川の先、相模国の見晴らしも利いたと思います。老木に囲まれ、暑い日なら涼を求めながら、参拝に来る地元の方もありそうです。一部コンクリートの本殿があり、左手の小振りな齋霊殿がやけに地味綺麗な印象でした。舞殿もあるので、年中行事では神楽等、舞台での催し物があるのかもしれません。
古き良き神社。中原街道から少し入るとこんなにも静謐で由緒ある奥ゆかしき神社があるのか!と驚きだった。
名前 |
雪ヶ谷八幡神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
03-3728-0753 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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東京都大田区東雪谷に鎮座する、雪ヶ谷八幡神社の正月限定御朱印書き置き御朱印を頂きに、2024年の新年に参拝に行きました。こちらの雪ヶ谷八幡神社、創建は永禄年中(1558年~1569年)だそうで、北条氏康の麾下の将であった太田康資(太田道灌の曾孫にあたる人物)が、当地を巡視の際に法華経曼荼羅の古碑を発掘し、その奇瑞に触れたことで八幡大菩薩を創祀したのがはじまりとのこと。最寄り駅は東急池上線の石川台駅で、駅すぐ近くの丘の上にあります。御朱印は兼務社として、石川神社、田園調布八幡神社、道々橋八幡神社のものも頂けます。