スポンサードリンク
スポンサードリンク
名前 |
浅間社(末社) |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
5.0 |
浅間社は、富士山信仰に由縁この地の緯度は富士山お鉢と同じ36.34°天道 レイライン上にある祠です。伊冨利部(いふりべ)神社内にある末社です。伊冨利部古墳の上に3つ並んだ一番上に位置する祠です。門間遺跡の中心的存在が、伊冨利部古墳で門間一帯は、大和国葛城山よりこの地に移り住んだ伊福部(=伊冨利部)氏の集落でした。金属精錬の職掌をもつ伊福部氏は、この地域を鉄器を用い掌握した一族で、正倉院文書には、『伊福部大磨』の名がのこります。大間とは、刀を磨く作業を表し、鉾の製作への関わりが伺えます。伊冨利部神社にも古鉾が残り祀られています。おそらく、伊福部氏が制作した武刀と言われます。浅間社は、富士山信仰に関する神社で火山を敬い、また火山からもたらされる鉄鉱石に感謝を表す神社です。鉄鉱石の取れない堆積地である門間では、他の地域から、鉄鉱石を水運で運びこの地で加工していた痕跡がのこります。