周辺のオススメ

スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
岐阜県高山市荘川町六厩(むまや)にある「六厩の夫婦スギ」は、県指定天然記念物にもなっている巨樹だ。荘川の山深い杉尾山の麓、標高約1200メートルの高地に立つ二本のスギは、いずれも推定樹齢300~330年ほど。樹高は約32.7メートルにも達し、目通りの幹周は一本が3.73メートル、もう一本が3.23メートル(県資料では3.9メートルと2.9メートルの記録もあり)という立派な大きさだ。この夫婦スギの最大の特徴は、その名の通り、二本のスギが根元でしっかりと寄り添い、地上約6メートルの位置で枝が癒着して連理となっている点だ。連理の木は昔から夫婦円満や縁結びを象徴するとされてきたが、ここでも同様に、地元ではこの二本の杉が寄り添う姿を夫婦の理想と見立てて、大切に守り継いでいる。夫婦スギには伝説が残っていて、昔この辺りの木こりが杉を切ろうとしたところ、神が夢枕に現れて「この夫婦スギを切れば周りの杉が皆枯れてしまうぞ」と警告したという。実際、それ以来、この二本だけは切らずに守られてきた。こうした伝承は白山信仰や熊野信仰とも深く結びついていて、かつて荘川地域では、山岳信仰と巨木を崇める自然信仰が盛んだったことの証でもある。また六厩(むまや)という独特な地名についても触れておきたい。飛騨国から美濃国郡上郡や越前国方面に抜ける街道沿いの宿場だった頃、村に馬屋が六つしかなかったので「六厩」という名になったという俗説が伝わる。一方で、「むまや」が転じて「六厩」になったという説もあり、いずれにせよ古い街道宿として栄えた土地らしい由来がうかがえる。夫婦スギの近くには、江戸時代初期(慶長から元和期)に建立されたという千鳥格子造りの地蔵堂があり、この一帯が当時から信仰の対象として重要な場所だったことを物語っている。少し離れた場所には、六厩白山神社があり、伊邪那岐命・伊邪那美命をはじめ白山の神々を祀っている。社殿は元文3年(1738年)、宝暦3年(1753年)、文政10年(1827年)と度々再建され、江戸期には飛騨国の役人も参詣した格式ある神社だった。ここでも夫婦スギと結びつけて夫婦円満や縁結びの願掛けをする人が少なくない。他にも六厩川の上流には「女滝」という滝があって、山姥が住んでいたという伝説が残っていたり、熊野権現がこの土地にスギの種をまいたという神話的な語りもあるなど、六厩の山々は神秘的な自然信仰の舞台になっている。この夫婦スギは昭和35年(1960年)に岐阜県の天然記念物に指定されて以来、地域住民と行政が一体となって保存活動に取り組んできた。最近では令和5年度(2023年度)にも県と高山市が協力して保護のための予算(約150万円)を計上し、樹木の維持管理に努めている。スギの巨木は全国各地に点在しているが、これほどはっきり夫婦を象徴する形で連理になったものは珍しい。単に大きさや樹齢だけでなく、地域の歴史や信仰とも深く結びついた『六厩の夫婦スギ』は、この地の人々にとって特別な存在だ。荘川の山里に静かに佇む姿は、今も訪れる人に、この土地が培ってきた信仰や伝説、暮らしの記憶を静かに伝えている。