時の流れを感じる常陸国府跡。
常陸国府跡の特徴
常陸国の国府跡が石岡小学校の校庭にあり、歴史の深さを実感します。
国指定史跡の国府遺跡は校庭の地下に埋まっており、訪れる価値があります。
南側の総社と北側の国分寺跡の関係から歴史の想像が広がる場所です。
時間をかけて、じっくり、時の流れを感じたい場所ですねぇ。
小学校の敷地全体(それ以上?)が、そっくり国府跡だと知ると、感慨深いものがあります。校庭の発掘の様子を時系列に撮った写真が、すぐそばに有る歴史資料館に展示されているので、あわせて見ることをお勧め致します。
学校敷地は城跡(こちら府中城跡でもあります)だったりすることが珍しくありませんが,最近はセキュリティのために門扉を閉め切って,部外者立入禁止とするのが普通です。そのため,城跡マニアとしてはカメラ片手に「デュフフ」とか含み笑い(もちろん,校庭脇の土塁跡を見て喜びを抑えきれないため)しながら敷地内をうろつくと,手に手に刺又をもった先生方が飛び出してくる・・・まったく世知辛い世の中になったものです。しかし,ここ常陸国府跡なら大丈夫,石岡小学校の敷地内ではありますが,恐れずに訪問してOKです。箱式石棺まで無造作に置かれていますが・・・昔の悪ガキなら隠れんぼの時,もしかしてやりかねない。そんな不安が頭をよぎったりしました。
常陸国の国府跡。立派な門と案内看板が有り、かつて在りし頃の遺構に思いを感じ取れる場所でした。
国指定史跡国府遺跡は石岡小学校の校庭の地下に眠っている。
石岡小学校自体が常陸国府跡地に建ってることにビックリ✨。8世紀に陸奥平定の最前線行政府はここだったんですね。子供達が遊んでたので撮影は控えました😅。
埋め戻されたのでしょうか、石碑が立ち、歴史館がすぐ横にあります。
遺構は校庭の下に埋め戻されて目にすることはできないが、南側の総社と北側の国分寺跡の位置関係からかつての姿を想像するのも楽しい。
常陸国府跡の看板には以下の説明が書いてありました。国指定史跡 常陸国府跡 所在地 石岡市総社1丁目11番 常陸国衙の成立は、8世紀初頭前後である。国府の下に郡衙が置かれ、多珂・久慈・那賀・新治・白壁・筑波・河内・信太・茨城・行方・鹿島の11郡を統括していた。国衙には、国内の政務に携わる行政官の勤務する役所や倉庫群などさまざまな建物があった。昭和48年, 石岡小学校の校舎改築に伴い発掘調査が実施され、多くの大型の柱穴が発見された。 その後、平成10年から平成11年にかけてのプール建設に伴う発掘調査では、掘立柱建物跡、溝跡などが発見された。この調査は引き続き平成13年度から6次にわたり行いその結果、この石岡小学校の校庭に国庁が存在していたことが判明した。 国庁は南向きに建てられており、東西に平行して脇殿がある。正殿の南に前殿を配し、四方を築地塀で囲んでいる。また一時期、東西に楼閣が建てられた時代もあったものと思われる。全国の例と同様に、それらの建物配置は左右対称である。さらに時代が下ると掘立建物から礎石建物に変わっていく。
| 名前 |
常陸国府跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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今回の旅程は常陸国総社国府跡国分寺跡巡り。石岡駅から自転車5分で常陸國総社宮、その隣地に石岡小学校、その敷地内に当所常陸国府跡の碑、府中城跡、石岡市立ふるさと歴史館がある。常陸国府は石岡小学校敷地そのもの。詳細はふるさと歴史館にて。