心安らぐ五郎兵衛の墓前で。
市川五郎兵衛真親の墓の特徴
五郎兵衛用水を開削した歴史的な墓です。
市川五郎兵衛真親の安らかな眠りを感じます。
長野県佐久市甲に位置した由緒ある場所です。
五郎兵衛用水を開削した市川五郎兵衛真親(1571〜1665)の墓。上野国甘楽郡羽沢村の豪族で羽沢城主だった市川五郎兵衛真親は、戦乱の世が終結すると徳川家康に鉱山開発や新田開発を願い出て許され殖産興業を始めた。佐久地方の三河田新田、市村新田を開発し、56才で五郎兵衛新田開発に着手。約5年の歳月と四千両にのぼる私財を投じて開削し蓼科山を水源とする約20kmの用水路を完成させた。彼の遺言で新田の見渡せるこの高台に葬られたてつたわる。羽沢村から市川氏一族の墓も一部移されている。
| 名前 |
市川五郎兵衛真親の墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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心安らかにおやすみくださいませ_(._.)_