市有形文化財のマトメ、諏訪神社で特別な体験を!
市有形文化財。
名前 |
諏訪神社 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
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HP |
http://www.nagano-jinjacho.jp/shibu/01hokusin/05kamiminochi/15137.htm |
評価 |
3.8 |
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諏訪神社のマトメである。創立年月は不詳である。徳川家康の6男の松平忠輝の黒印により5斗の除地を賜る、とある。鬼無里村の高財組、峯組、山内組の3組の産土神(うぶすながみ)である、とある。真田家から尊崇を受けていた、とある。寅申の歳次に御柱大祭がある。例祭日は明治の頃は8月26日とあるが、昭和38年には5月5日とある。_______________昭和38年のこの神社の紹介文には、除地の5斗が松平氏から賜ったと詳細が記されている。明治40年に2神社合祀されたとある。祭神をみると 諏訪の神、たけみなかたのみこと の他に、ほんだわけのみこと(八幡宮の神)、おおやまくいのかみ(山神社の神)が追加されている。❷【参考 長野県上水内郡神社誌 1963年】諏訪神社 昭和38年(1963年)の頃の神社の紹介文創立年月はふしょうである。慶長9年(1604年)松代城主 松平忠輝(ただてる・家康の6男)より大久保長安の黒印をもって、5斗を寄進される。真田家累代の尊崇あつかった。鬼無里村の高財組、峯組、山内組の3組の産土神(うぶすながみ)である。[沿革]創立年月は不詳慶長9年(1604年)5斗黒印をもって寄進される。明治6年(1873年)村社に列する。明治40年(1907年)近郊の神社2社を合祀する。皇大神社(天照大神)、飯綱社(倉稲魂命、大宮姫命)明治41年(1908年)神饌幣帛料供進神社に指定される。[鎮座地] 上水内郡鬼無里村大字鬼無里字財又東9ー766番地[祭神] 御建名方命[合殿] 誉田別尊(ほんだわけのみこと・応神天皇・八幡宮の神)大山咋命(おおやまくいのかみ・丘陵の守護神)[例祭日] 5月5日 寅申の歳次(さいじ・としの意) 御柱大祭[境内地面積] 491坪[境外神社] 山王社(大山祇神)________________明治の頃の紹介文には祭神は たけみなかたのみこと とある。境内に老樹があると紹介され、除地5斗賜っていたとある。❶【参考 鬼無里村史 1967年】諏訪神社 明治15年(1882年)の頃の神社の紹介文創立年月は不詳である。除地5斗あり、明治4年に上知(あげち・明治政府の没収)する。社地に老樹がある、とある。[鎮座地] 鬼無里村の寅(東北東)方 高財組にあり[祭神] 建御名方命(たけみなかたのみこと・諏訪大社の神)[社地] 東西10間 南北10間 面積3畝10歩[例祭日] 8月26日。