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かつて北海道ではコメが採れませんでした。そこで北海道を領地としていた「松前氏」は、家康から授けられた黒印状をもとにアイヌ民族との交易を開始します。その後はニシンが主な収入源となり、松前藩の実収入は7万石を越えるに至りました。生のニシン200貫(750㎏)を1石と計算していましたから、水揚げ高は約52,500トン。結構な漁獲高ですね。ところが明治40年代以降、ニシンの漁獲高は激減します。潮の流れが変わった、乱獲のせいだなど原因はいろいろと考えられますが、昭和32年を持ってニシン漁は終焉を迎えました。以後、江差を含めニシンで栄えた町は衰退の一歩を辿るのです。で、この標柱です。かつてニシンは春先になると、産卵のために大群で海岸に押し寄せました。群来です。2017年2月、江差では104年振りにニシンの群来が確認されたのです。20世紀末から官民一体で行われた「日本海ニシン資源増大プロジェクト」の結果がやっと出てきたのでしょう。とはいえ国内の数の子生産量は年間約500トンですが、国産数の子は約25トン。ほとんどはカナダやアラスカからの輸入ものなのです。がんばれ、ニッポン!ちなみに豚肉自給率は6%、牛肉で10%、小麦は13%。……どうする、ニッポン?2025.2.27