松島湾一望!
西行戻しの松(歌人西行法師、平安時代)の特徴
朝日の美しさが際立つ、松島湾の絶景スポットです。
松の大木が佇む公園内で、静かに景色を楽しめます。
高台から望む松島の島々は、特に桜の季節がオススメです。
木が生い茂っており松島の絶景を拝むには少しうーんって感じでしたがベンチがあるので靴を脱いでベンチから立ってみると同じ公園内の展望台よりは松島の島々がきれいに見れました休日の午前中でも人はほとんどいなかったので松島の景色をゆっくり見ることはできるかもです。
とても整備されていてます。駐車場も案内板もきれいにしてあり気持ちの良い公園になっています。少し散策すれば松島全体が見渡せて松尾さんもこんな絶景だとため息しか出ないよねと共感しました。
桜の花を見るならここでしょっ!駐車場まで数十分並んだとしても見る価値アリです!
高台にあり、景色も良くオススメです。駐車場もトイレも完備されています。
手前の木が大きくなって写真にあるような景観は望めません。
奥の細道 第21の段 「松嶋」芭蕉曰く扶桑(日本)第一の好風景の場所です。そして、西行が松嶋訪問を断念した場所でもあります。こちらで芭蕉が詠んだ句は「嶋々や 千々にくだきて 夏の海」この句の記載は「奥の細道」にはありません。禅門心得のある方でしたら、この句の意味は一言。”恁麼(いんも)なり”芭蕉は臨済宗の門下で、奥の細道は禅僧のいでたちでの旅と聞きます。偶然手前が「雪裏の梅華ただ一枝」を信仰する禅門に帰依する者であったためこのような解釈になりました。大変無礼な例えでございますが、鳩摩羅什や玄奘法師の数学知識がより高いのであれば、般若心経の訳が異なっていたでしょうが、到達すべきところは一緒です。さらに言えば釈尊が現れなければ、時代が遅れるかもしれませんが、別のどなたかが別の手段で正しい到着点に導く道を照らすことになり、やはり到達するところは一緒です。しかしその道筋は同じとは限りません。誤解を恐れず禅門の方以外にこの句を説明するとすれば、「求めていた日本一の風景が突然現れて、過去に思い浮かべていた映像が粉々に砕けて瓦礫となった」たかが一般人ですと、この辺が表現の限界です。かつて、この地を訪れた芭蕉の尊敬する西行はこの地より先に松嶋に進みませんでした。(添付写真参照)あくまで、個人的な見解ですが、奥の細道の旅では藤原実方に敬意を表して第4の段「室の八嶋」で詠んだ「糸遊に結びつきたる煙哉」と同様、この段では西行に敬意を表して句を載せなかったものと考えます。余談ですが、個人的に西行は大嫌いです。軍役を逃れた上に、命を張った武士を非難する振る舞いは手前が人として持っている”こころ”の許容の範囲を超えています。先入観があって西行の文学のことはよく分かりません。それが手前の生活に影響が無いので改善することは無いでしょう。かつて古事記に通じた予備校時代の大恩師に日本で最も販売した小説は夏目漱石の作品と聞きました。この国には自ら志願して命を張って祖国を護って頂いている方がいらっしゃいます。その方が勤務中、命の危険に晒された際の長官の振る舞いは西行と同様の憎悪を覚えました。正直、当時の長官には乃木坂で禊ぎをして、全ての部下一人一人に直接詫びを入れて頂きたいと強く思いました。
松島湾を見下ろす高台にあり、なかなかの眺望です。桜の名所としても知られ、シーズンには多くの人で賑わいます。
松島の景観を見渡せる穴場スポット軽食も可能。
西行戻しの松という松そのものは存在しないので施設名自体がわかりづらい。とっぴな感じのカフェはまあいいとしても植え込みがローズマリーだったりしてよくわからない雰囲気。天然の植生や芝生は素敵。展望台もきれいだった。
名前 |
西行戻しの松(歌人西行法師、平安時代) |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.9 |
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桜の時期に電車+徒歩で訪問(バスは調べた限り無いっぽいですね)、車で公園の駐車場まで行って、そこからの徒歩移動するのが1番楽なのは間違いない。自分は徒歩で移動しましたが、距離だけなら駅から右に行って仙石線の下を潜って左折→階段を上って東北本線の踏切を渡る→まっすぐ上ると車が通れる幅の道に出る→そこに(確か、この先西行戻しの松公園て看板もあったかな)駐車場?があるので、そこから登ってくと着きます。ただオススメは絶対にしません!駐車場から先は獣道みたいな感じなので、他の人が居なくて不安になる+草はチクチクする+夏だと虫とかブンブン飛んでそうなので…。