横浜開港の歴史、錨に秘めた大砲!
旧居留地90番地の大砲の特徴
横浜外国人居留地90番地にある11磅加農砲は見逃せない存在です。
開港広場公園の端、横浜開港資料館そばにひっそりと佇む大砲です。
シーベル・ブレンワルト商会の跡地にあり、歴史を感じるスポットです。
横浜外国人居留地90番地に🇨🇭瑞西のシーベル・ブレンワルト商会があり、この跡地で発見された11磅加農砲。
不用品の大砲を鋳潰さずに錨に改造して売ろうとしたのは面白い。しかしながら3門も出土したということは売上は良く無かったのかも知れない。元々、大砲としても売れ残りだったことを思うと少し不憫さを感じた。
開港広場公園の端、横浜開港資料館の壁際に置かれていました。これが、ここにあるということは、開港といっても、国と国が友好的に手を結んだって訳じゃないよって、ことなのかな。(ペリーに大砲で脅されたというイメージが強くて。)外国人居留地90番地に、武器の輸入も行っていたスイスの商社、シーベル・ブレンワルト商会があり、これの跡地で大砲が見つかったそうです。この大砲は、鋳鉄製の11ポンドカノン砲で、オランダ東インド会社:ハンクハイゼン所属の船の備砲だそうで、使わなくなった大砲を錨に造り替えるために置いておいた時、関東大震災で埋没したと推定されているそうです。細身に見えますが、口径11.5cm、全長252.5cm、重量1480kgということなので、見た目より、かなり重そうですね。
江戸末期に、開港したばかりの横浜港の守備を担った大砲の1つ。開港広場公園の隅にある。横浜のこの付近の其処彼処に点在する、歴史の足跡の一つ。
この大砲は旧山下居留地90番地(現在の横浜市中区山下町90番地)から昭和34年に出土した。他の場所にも設置されている。
横浜開港資料館に併設するカフェオー・ジャルダン・ドゥ・ペリーの横にひっそりとあります。特に目立つ様に展示されている訳ではないので、遠目から見たら鉄の塊程度しかわからないかもしれません。しかし近くに寄って見ると、当時の歴史を感じさせる迫力ある大砲がそこにあります。説明文を読んで見ると、「外国人居留地90番地(現山下町90番地)に、生糸の輸出と時計の輸入に従事していたスイスの商社、シーベル・ブレワルト商会(慶応元(1865)年創立)があり、明治維新の際の戊辰戦争中武器の輸入も行なっていました。昭和34年、同社跡地で建物の基礎工事中に大砲が見つかり、掘り出され、展示されておりましたが、平成15(2003)年、横浜市に寄贈されました。この大砲は、鋳鉄製の11ポンドカノン砲で、オランダ東印度会社のエンクハイゼン商館所属船の備砲です。使わなくなった大砲を錨に作り変え、横浜に出入りする船に売買するために持っていたものが、大正12(1923)年の関東大震災の時に、地中に埋まってしまったのではないかと推察されます。明治43年に出版された書籍に、同社の「倉庫の入り口に、明治初期に武器を扱っていた記念として大砲が備え付けられていた」という記載があります。明治初期の外国人居留地の外国商館と、取扱商品並びに輸入先がわかる遺品として、貴重な資料です」とありました。この様に何気なく、また一見わかりにくく設置されている物にも横浜の歴史がたくさん詰まっています。色々な歴史史跡を探しながらの撮影も楽しめます。
居留地90番地にはスイスの商社、シーベル・ブレンワルト商会があり、大砲を錨に造り替えるために置いておいた時、関東大震災で埋没したと推定されているそうです。昭和34年(1959年)、建物跡地工事中に発見された3門の大砲の中の1つです。
喫茶店のすぐ横にあります目立たないので通りしまいそう近くのベンチにオジサンが陣取っているので写真撮影には気をつけて!
立派な大砲です。
名前 |
旧居留地90番地の大砲 |
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ジャンル |
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電話番号 |
045-201-2100 |
住所 |
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評価 |
3.1 |
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2025年7月の横浜観光で発見。旧横浜英国総領事館門番所前に展示された、当時の大砲のようです。台座に説明文が記されていました。