源頼政の伝説、鵺池参拝。
鵺大明神の特徴
鵺退治の歴史が宿る神社で、源頼政にまつわる伝説が色濃く残る祠です。
二条公園の北側に位置し、妖怪鵺の伝説が楽しめるユニークなスポットです。
鵺池の近くにあり、平安時代の興味深い逸話を体感できる場所です。
二条公園の北側にある、小さな社です。
京都二条城北西 #鵺池 #鵺大明神(上京区)に参拝。ここで退治されたヌエの遺体は都を引きまわされた後 #うつほ舟 で大阪に流れ着きます #ものづくりとことだまの国(2021年12月26日)
公園の片隅にあります。遊ぶ前に手を合わせます。
京都で一ニを争う広い公園です。 土日など休みの時は超満員です。 今は紅葉も綺麗です。
二条城北側の公園の中にあります。(分かりにくい場所ですよ)明るい公園で幼稚園児が遊んでいました🤗源頼政が退治を命じたと言う話しがありまが😂
今はのどかな公園。昔すぐ北側にNHK がありました。受信契約に行きました。今は烏丸御池近くに移転。
二条城の北西にある公園内を北向きに歩くと池が有りその北側にある社です。平安時代末期の高倉天皇は妖しげな怪鳥の声に心労甚だしく、源頼政に退治を命じた。その命で源頼政が討ち取ったのが頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足が虎と云う化け物だった。この化け物が空から落ちて、源頼政が血のついた鏃を洗ったのが、この社の隣にある鵺池である。子供頃から、よく遊びに来た公園ですが、鵺退治の物語の地であることを知らなかった。街中には知らない事が色々あるものだなぁと思った。
高倉天皇の勅令により、源頼政が妖怪「鵺(ぬゑ)」を退治し、矢じりを洗った「鵺池」のそばにある祠。それにしても、なぜ、妖怪を明神として神格化しているのだろうか?どうやら明神はかつては名神と書いたらしく、それは霊験著しい神を称すのに用いるらしい。これWikipediaの受け売りね。ほう、不気味な鳴き声で二条天皇をノイローゼにしただけのなのに、霊験著しいことになるんだね。そう考えると、憎き日曜早朝の選挙カーも、霊験あらたかな妖怪と思えてきた。これからは鵺を思って選挙カーも敬うことにしよう。
二条公園の北にあります。扁額を見ると、「朝日大明神」、「玉姫大明神」と「鵺大明神」が合祀されているようです。以下、「鵺」について、Wikipediaからの引用です。『平家物語』や摂津国の地誌『摂津名所図会』などによると、鵺退治の話は以下のように述べられている。平安時代末期、天皇(近衛天皇)の住む御所・清涼殿に、毎晩のように黒煙と共に不気味な鳴き声が響き渡り、二条天皇がこれに恐怖していた。遂に天皇は病の身となってしまい、薬や祈祷をもってしても効果はなかった。側近たちはかつて源義家が弓を鳴らして怪事をやませた前例に倣って、弓の達人である源頼政に怪物退治を命じた。頼政はある夜、家来の猪早太(井早太との表記もある)を連れ、先祖の源頼光より受け継いだ弓を手にして怪物退治に出向いた。すると清涼殿を不気味な黒煙が覆い始めたので、頼政が山鳥の尾で作った尖り矢を射ると、悲鳴と共に鵺が二条城の北方あたりに落下し、すかさず猪早太が取り押さえてとどめを差した。その時宮廷の上空には、カッコウの鳴き声が二声三声聞こえ、静けさが戻ってきたという。これにより天皇の体調もたちまちにして回復し、頼政は天皇から褒美に獅子王という刀を貰賜した。
名前 |
鵺大明神 |
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ジャンル |
/ |
住所 |
〒602-8155 京都府京都市上京区主税町910−40−964 |
評価 |
3.8 |
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源頼政が鵺退治をした場所。退治した際に鏃を洗ったとされる池は現存せず、同じ場所に池が作られています。射った弓は平等院の博物館、鏃は神明神社に祀られています。ここで鵺が退治されたんだと、浪曼を感じるスポット。小さい祠と、鵺池があるだけで他に見どころがあったりするわけではないので、興味のない方には全くお勧めしない場所です。駐車場はないので、ちょっと路駐して見る感じです。