聚楽第石碑のある歴史散策。
平安宮大蔵省跡・大宿直跡の特徴
上京区中立売通浄福寺近くに位置し、歴史的な遺跡が魅力的です。
平安宮大蔵省跡は、令制八省の一つとして重要な役割を持っていました。
周辺には聚楽第跡など、歴史的背景を感じるであろう史跡が点在しています。
平安京大蔵省跡 平安京の大蔵省は、令制八省の一つで、多くの倉庫があった大蔵を合わせて平安宮の北八町を占めていた。出納、収納、度量衡などを職務とし、諸国から貢進される調庸・銭ないし金銀以下の貢献物を正倉などの倉庫に納め、官人給与の禄やさまざまな財源に充てられた。付近には、「聚楽第本丸西濠跡」の駒札や「唐津小笠原藩邸跡」の石碑もあり、ここは古代、中世、近世と三つの時代にわたる1200年の歴史の跡といえる。石碑は上京区の中立売裏門通南西角、閉校になった正親小学校の正門にある。
聚楽第石碑の横に石碑と看板がありました。
名前 |
平安宮大蔵省跡・大宿直跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/ka141.html |
評価 |
3.3 |
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上京区中立売通浄福寺東入南側の正親小学校前には、聚楽第跡、平安宮大蔵省跡、唐津小笠原藩邸跡と三つの史蹟があったことを示す石碑やパネルがあります。現地の案内版パネル(源氏物語ゆかりの地)によると下記のような説明書がありました。『大蔵省は令制八省の1つで、多くの倉庫があった大蔵を合わせて平安宮の北八町を占めていた。 出納・収納・度量衡などを職務とし、諸国から貢進される調庸・銭ないし金銀以下の貢献物を、正倉などの倉庫に納め、官人給与の禄やさまざまな財源に充てられた。大宿直は平安宮内に置かれた内裏警護人の詰め所で一町(120m四方)の規模があった。長和3年(1014)に焼失し、内蔵寮。掃部寮なども類焼している。』