八王子城の悲劇と滝。
御主殿の滝の特徴
八王子城の落城時に多くの婦女子が滝に身を投じた伝説の場所です。
滝近くには、手作りの供養塔があり、歴史的な雰囲気を感じます。
水量は前日の天候により変わり、静かに流れる小ぢんまりとした滝です。
小さな滝だが、八王子城の落城時に御主殿にいた北条方の武将や婦女子が滝の上流で自刃し、滝に身を投じたためその血で赤く染まったとの言い伝えが残る滝です。
御主殿の滝は、八王子城陥落時の悲劇の場所です、ここを訪れるときは、慰霊の心で訪れて欲しいです。数か月まえの夕方、八王子城跡を訪れたとき年齢が20才前後くらいのホストクラブやキャバ嬢のような派手な服装をした男女のグループ数人がたぶん肝試し目的だと思いますが、トランスやテクノなどの音楽を流しながら御主殿跡と御主殿の滝のまわりで騒いでいたので、悲劇の場所でふざけた行為はやめて欲しいです。
1590年(天正18年)八王子城が落城した際に女性や子供が身投げしたと言われる滝です。八王子千人同心組頭の植田孟縉の著書『武蔵名勝図会』によると、江戸後期の頃は滝の脇に石垣が組まれているのが確認できます。落城した頃は石垣が御守殿まで続いていて、御守殿から直接滝まで行けたのではないかと思われます。現在は石垣の姿はなく開発のために地形も大分変わっていますが、当時はそれなりの高低差があったようです。滝の下には人為的に石で組んだ四角いスペースがあり、当時の水汲み場の名残のようです。御守殿は山の麓にあり、山頂付近に本丸があるのですが、本丸では女性の櫛が発掘されたそうです。必死に山頂まで逃げたのだと思われます。滝に身投げした方や生き延びようとしたけど捕らえられて小田原城開城の人質にされた女性たちの姿を想像すると悲しくなります。
この滝の水量をみると、自刃して身を投じたことを以前から疑問に思っていました。八王子駅南口に八王子博物館があり、そこで八王子城の古地図が販売されております。その古地図をみると、御主殿の下に池または水がたまった堀が確認できます。防御のために下流を堰き止めて水堀になっていたのかも知れません。おそらく、ここに身を投じたのだと思います。
かなりこじんまりとした滝。当日は水量も少なく、血も流れておりませんでした。静かに歴史を感じようじゃないか、それで良いじゃないか。
多くの武将や女性、子供が自刃をした場所であるという説明書きの看板が立っております。城が1日で落城したという事実は当時の人々の中には受け入れがたい出来事だったのではないかと思われます。
小ぢんまりした滝が静かに流れています。
それほど落差はありませんが、手前の岩の上から観るとかなり深いです。カワセミ等の野鳥写真家が、いっぱい来てシャッターチャンスを伺ってます。御主殿の滝は1590年(天正18年)の落城の際に御主殿にいた北条方の婦女子や武将らが滝の上流で自刃し、次々と身を投じた滝といわれています。このときの八王子城合戦によって城山川の水が三日三晩血に染まり、麓の村では、この城山川の水で米を炊けば赤く米が染まるほどであったと伝えられています。このことに起因して先祖供養にあずきの汁で米を炊いた「あかまんま」(赤飯)を炊いて供養をする風習が現在でもつづいているそうです。
前日の天気により水量の差があります。
| 名前 |
御主殿の滝 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火木金土日] 24時間営業 [水] 定休日 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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八王子城の「御主殿」(平時の行政中心地)近くにある滝。水量豊富で近づくとひんやりとした空気が感じられる。八王子城落城にまつわる言い伝えあり。(2023-06)