静かな朝の鐘をつく、鯖神社。
飯田神社の特徴
境川沿いに位置する静かな飯田神社である。
大きなつり鐘があり自由に鐘をつける魅力。
サバ神社の一社として、歴史ある雰囲気が漂う。
境川沿いに分布するサバ神社の一社。白い神明鳥居、拝殿は入母屋造の平入り。境内には鐘がある。
村社飯田神社。入口の七観音に驚いた。泉区に六地蔵はいくつかあったが、七観音というのははじめて見る。人間界にふたりの観音を配する天台宗のものであるらしい。隣の地蔵尊の社には、防寒具がぶるさげてあり、寒さの対策がしっかりなされている。地蔵尊の足元で首の取れた像は何だろう、狛犬だろうか。庚申塔は見るからに古いものが含まれていて貴重なものだろう。一番古そうなのはしっかり像が彫られているやつだが、不思議とこれが一番綺麗だ。
お参りをして、鐘を付き、静かな神社でした。空気が、心地よい空間でした。
鯖神社の一社。神奈川県中部の境川中流域にかけて十二社ありサバと読む社名を持つあるいは過去に持っていた神社。七観音像、お地蔵さん、道祖神、庚申塔が神社の鳥居の前にきれいに並べられています。ここの地域の人達に大事にされている事がよく分かります。私は桜を見に来ましたが桜の数は多くはなく桜は大きな二本と遊具の近くに一本ありました。平日は参拝の人が数人いただけでした。ここには名木古木指定のヤブツバキもありました。
年末の寒い朝。霜柱が立つ一方、銀杏の輝きが綺麗。
大きなつり鐘があり自由につくことができます。
とりあえず、新年の準備か忙しくしていましたが、もう少し落ち葉の掃除もして欲しい感じです。
| 名前 |
飯田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
045-802-1370 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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ここにある梵鐘も太平洋戦争末期に兵器製造に供せられたとある。ここ上飯田にこんなにたくさんの石碑があったとは知らなかった。入口にある昭和7年(1932年)建立の村社 飯田神社とある白い碑の裏に上海事変凱旋記念 海軍航空兵上等兵勲八等三堀栄作とあるようで、もともと農家の多かったであろうこの地域も戦争に巻き込まれていたことがわかる。その横に風雨を凌げるようして立つ地蔵。台座の左右面には延享甲子天六月卄四日(1744年)相州鎌倉郡上飯田村とある。正面は読み取りづらいが、寄進者の名等が記されているようだ。狛犬らしきがやけに痩せて見えるのは風化が原因なのだろうか。その隣の雨避けの中には7体の地藏が収められている。中央の地蔵以外全ての台座に寄進者の名が刻まれているが、中央だけは己 明? 観音講中 丑 十一月吉(日)と建立年月が記載されている。どうやら干支を左右に分けて記載している。干支が 己丑 で、元号が 明 から始まることから、ここには明和六(1769年)とあったと思われる。また、この中央の地蔵だけが首を傾げているのも面白い。四角の台座に半球の台座を重ねその上に地藏というスタイルは、先の1体も同じ作りだ。その左には9体の石碑が並んでいる。文字の読み取れないものも多いが、右から見ていくことにした。⭐????供養佛明和三丙戌七月五日(1766年)上飯田村???⭐????宝暦九卯歳九月十五日(1759年)願主 石井源左衛門⭐??神明治七年上飯田⭐???東叡山 羽黒山文化十二亥八月八(1815) 相州上飯田村内⭐庚申塔文政七甲申(1824)十二月吉日⭐金剛供養霊塔享保九申辰霜月?(1724年)青面金剛、太陽と月、餓鬼、三猿のある庚申塔だ。1724年の干支は甲辰だが、記載の文字は甲というよりも申に近い。⭐???奉供養???⭐???石井???⭐庚申塔小八王子道(北 と書いてあるのかも?)明治九丙子歳第三月吉祥日第拾七大区七小区 相州鎌倉郡上飯田村東 かし遠(柏尾)西 あ川木(厚木) 道南 ふしさ波(藤沢)明治期の新しいものだが道標を兼ねている。じっくり見ていたら2時間半が経過していた。