唯円の隠れ里、しだれ桜満開!
報佛寺(報仏寺)の特徴
河和田城の出丸に位置し、1218年に創建されたお寺です。
親鸞聖人の直弟子、唯円開祖の由緒ある寺院です。
手入れの行き届いた境内では、推定樹齢100年の垂れ桜が美しく咲いています。
『歎異抄』を著した唯円開祖の寺ということで訪れました。本堂の前に案内の石柱があり、唯円についてのエピソードが刻まれておりその人柄に親近感を覚えました。庭は手入れが行き届き、沢山の草花が色とりどりに咲き、住職さんを始め関係者の方々のお心が偲ばれました。
2023.4.1 初めて参詣いたしました。以前から由緒あるお寺であることは承知しておりましたが、機を逸しておりました。昨年、歎異抄全文を書写し、親鸞聖人のみ教えに心酔したことを先輩に話したところ、その先輩が報佛寺のご門徒であったことから案内していただいたというわけです。一歩踏み入れた瞬間から、その静謐で光降る阿弥陀浄土を彷彿とさせる空間に圧倒されました。ご門徒の皆さんの手で育てられた山野草がけなげに美しく咲く庭園にも心が安らぎました。保存樹として指定されている椿や垂れ桜の圧倒的存在感、本堂からは読経の声がやわらかく耳に届いてきました。本堂左手には水戸黄門様お手植えの松がありました。周囲は鬱蒼とした林で、まさに日常から離れた心の拠り所である寺院として確固として存在し、親鸞聖人のみ教えが脈々と継承されていることに深く感銘を受けた次第です。花の色 南無阿弥陀仏 報佛寺奮太。
親鸞聖人の直弟子の一人である唯円房開基のお寺「報佛寺」を訪問いたしました。とても綺麗な境内で、掃除が行き届いております。また境内には様々な樹木や花があり四季折々それぞれでお寺に彩りと温かみのある印象を訪れる有縁の方々に与えています。(御門徒様のご助力によるものだそうです)訪問当日も御門徒様の方々が和気あいあいと境内を整備されていました。ほのぼのとしていて心が和みます。最寄り駅は「赤塚駅」で歩きますと20〜30分ぐらいでお寺には到着します。到着してからは綺麗な境内を見学し、本堂でご本尊様を参拝させて頂きました。住職様、副住職様と大変親切に対応して頂き、資料も頂きました。(唯円大徳に関して教えて頂き、大変勉強になる。その他に清沢満之先生のお言葉も印象に残りました)お忙しい中、親切に対応して下さいまして有難うございました。
創建1218年、親鸞の弟子、歎異抄を記した唯円が開いたと為れる真宗 大谷派の寺院。しだれ桜の大木が有名。河和田城の跡地でもある。
浄土真宗大谷派の寺院です。昔は藁葺きの 趣のある寺でしたけど、今は立派になり、庭には有明なしだれ桜が その他もみじや 色々な草花が 目を楽しませてくれます。
2022.04.09通りかかった際 道路側の桜と お寺の門奥に しだれ桜が見え 見物客も見受けられたので車をユータンさせ報佛寺の駐車場に駐車しました。境内は とてもきれいに手入れされておりそのお陰でしょう 指定保存樹(シダレザクラ、クスノキ)や色鮮やかな花々が生き生きと咲き誇っていました!境内中心では 真っ白い大きなしだれ桜が見事で美しかったです。奥の桜たちは 風が吹く度に桜吹雪が舞い散っておりました。宗派:浄土真宗大谷派の寺院本尊:阿弥陀如来河和田城跡地の名刹河和田八景境内には親鸞の直弟子であった唯円が開基した寺院なので親鸞聖人の像がありました。
4月1日の投稿 今日は しだれ桜で有名な 報仏寺 に撮影に行きました しだれ桜はもちろん 椿クリスマスローズ木蓮など いろんな 花花が 咲いて いました 四季に合わせて 花が咲くようになされているみたいです お寺のイベントとして4月1日から 5日まで 報仏寺 作品展 今開催されています またカルチャー教室なども行われているみたいですので興味のある方は一度問い合わせると よろしいと思います 色々撮影しましたが今日の中でつばき今大変綺麗に到着と思います桜ですので早めにご覧になった方がよろしいと思います。
きちんと手入れされた花々が、参拝者の目を楽しませてくれます。
住職さんも写真を撮っていました。今年初めてライトアップにいきましたが、オレンジのライトが強かったです。
名前 |
報佛寺(報仏寺) |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
029-251-5789 |
住所 |
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評価 |
4.2 |
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河和田城の出丸の位置にあるお寺。1218年、唯円(河和田の唯円)によって開山された。唯円は親鸞の弟子で『歎異抄』の作者といわれている。元々は現在地より500メートル南西の「唯円道場跡伝承地」の碑が立っているところにあったが、1654年の水戸藩の寺院整理で廃寺となった。1689年に第2代藩主徳川光圀によって再興された。その際に現在地に移転した。 光圀は「由緒正しい寺院」については保護しており、唯円ゆかりの寺院と認められ再興されることになったのである。