美しい源聖寺坂、映画のような風情。
源聖寺坂の特徴
天王寺七坂の一つ、源聖寺坂は風情ある石畳の坂道です。
下端にある源聖寺から松屋町筋へ続く、急な坂道が魅力的です。
坂道を行けば、歴史ある萬福寺や新選組の石碑に出会えます。
天王寺七坂の一つで登り口にある源聖寺から名付けられた。下からの石段の眺めが美しい。
生國魂神社をでて大鳥居を背にして右手に曲がって真っ直ぐ進んでから、松屋町筋に下りる坂です坂の下右側に源聖寺があるからこう呼ばれますまた源聖寺坂を下って松屋町筋で左手に曲がり100メートル程いくと萬福寺という寺がありますその山門の右側の歩道のすぐ脇に「新選組 大坂旅宿の跡」の石碑がありますこの萬福寺が大坂における新選組の屯所だったのですお見逃しなく上町台地には名前のある坂が七つありますそれを「天王寺の七坂」と呼びます北から真言坂(しんごんざか)源聖寺坂(げんしょうじざか)口縄坂(くちなわざか)愛染坂(あいぜんざか)清水坂(きよみずざか)天神坂(てんじんざか)逢坂(おうさか)坂の周囲には見所がどれもいくつもあり、それらを見て回っているととても一日では周り切れないと思いますしかも北端には生國魂神社、南端には四天王寺と一心寺まであるのですから北半分、南半分と二回に分けて見て回るのが現実的かと思います。
この坂にはこんにゃく八兵衛の話があって、この日の画像の木々の影にそれっぽいのが2つあり(勘違いでしたが)、八兵衛子供できたん?みたいな気持ちを湧かせてくれる坂です ここを通る人は多いです この日だけでも学校の先生のような人、セレクトショップ勤めのような人、普通の人が通っていました 坂の上に住宅や煩悩がよぎる施設があり、石畳こら石段へと繋がった少し長い坂です 市電の石の再利用は先人の知恵です。
天王寺七坂で唯一坂の上端と下端が見通せない坂です。坂の形としては七坂中で一番美しいと思いますが風情という点では一番とは言えません。考えようによっては坂の下のお寺の雰囲気を感じながら登り、カーブしていくにつれて住宅が現れて自転車など生活感を感じ、登りきったらファッションホテル群が現れて人間の本能に近づくと、何か仏と獣を繋ぐような坂かもしれません。
石畳で道も折れ曲がり良い感じの坂道でした😌
その名の通り源聖寺のすぐ横手です。石畳が いい感じ。
天王寺七坂の一つで、真言坂と口縄坂の間にある坂。洪積台地である上町台地の西側にあたり、松屋町筋と谷町筋を結ぶ坂になります。松屋町筋にある寺の名前をとって、源聖寺坂(げんしょうじざか)と呼ばれます。坂上の銀山寺には近松門左衛門の心中宵庚申のお千代・半兵衛の比翼塚、大蓮寺には石田梅岩の墓、新選組の大坂屯所となった萬福寺と歴史の名所が数多く残るところです。
大阪七坂の1つ、登り口に源聖寺が有るので名付けられた、下リ口には齢延寺が有る。
天王寺七坂と呼ばれる坂の一つで、名称は坂下にある寺院名に由来します。松屋町筋に面する坂下の源聖寺(北側)と金台寺(南側)の間から東へ石畳を登り、上町台地の急崖に差し掛かると石段となり、少し東南東に向きを変えます。再び石畳を登り、坂上の齢延寺と銀山寺の間で水平となります。道は坂上からも東へ伸び、中寺筋を横断して谷町筋・生玉南交差点の一つ南の辻へと至ります。下寺町(25ヶ寺)・生玉寺町(14ヶ寺)を横断し、坂上から東は生玉中寺町(12ヶ寺)を横断するので、周辺には寺院が多いです。生玉町には生國魂神社もあります。かつて石段を上りきった場所に昭和末期まで「源九郎稲荷」があったとのことです。コンニャク好きの狸が祀られ、天王寺区史に「こんにやくの八兵衛」という祠があったことが記されています。現在どこへ還座されたかは不明で、生國魂神社に還座されたと記した資料がある一方、同名の末社とは無関係との記述もあります。
名前 |
源聖寺坂 |
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ジャンル |
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電話番号 |
06-6208-7887 |
住所 |
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評価 |
4.1 |
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石畳でできた味わいのある坂映画のワンシーンに出てくる いい感じ。