寛文の猿が祀る、お堂完成!
東山谷庚申尊・お猿庚申尊の特徴
お堂が完成し、整備工事が無事に竣工したようです。
寛文十一年に建立されたお猿の丸彫り庚申様が見どころです。
駒形の月日青面金剛三猿の庚申塔も祀られている場所です。
真ん中のお猿の丸彫りの庚申様は、寛文十一年(1671)の建立です。左は、元禄七年(1694)、右の南無青面金剛と刻まれた碑の前にある先端部の欠けた角柱状の庚申供養塔は、年代不詳です。字は、多分当て字です。山谷でも、三谷でも、山野でもいいのです。江戸時代の山谷が、山野になって「やまの」になった地域が現在の砧にあります。四軒の家しか無い地区の字が、「四家」と言われていたのですが、国土地理院の戦前の地図には「四谷」と表記されています。「さんや」は、もしかすると「三家」だったのかも、あるいは家がまばらで「散家」だった可能性もあります。
敷地内に入れないように囲いがあります。
東山谷庚申尊(お猿庚申)寛文11年(1671)引っ越しだろうか。
閑静な住宅街の中にある庚申塚。あまり手入れはされておらず、若干荒廃気味。
表に立っている石柱には「東山谷庚申尊」と彫られていますが、もしかしたら誤字かもしれません。この界隈は「東三谷」だったので。ただ、この庚申塔群に関する資料がほとんどないため、実情はよくわかりません。地形的にも面白い場所ですよね。暗渠好きにもたまらないエリアです。
住宅街の中にあり綺麗にされてますね。
サルコウシン!よく遊びました。
駒形の月日青面金剛三猿の庚申塔と、丸彫りの猿型の庚申塔が祀られていました。
名前 |
東山谷庚申尊・お猿庚申尊 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.7 |
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お堂が完成し、ようやく整備工事が竣工したようです。