出世稲荷で笑顔の参拝を。
川崎稲荷社の特徴
川崎稲荷社は江戸時代から語り継がれる出世稲荷である。
旧東海道沿いにあり、徳川吉宗が休息した場所として有名だ。
賽銭箱上に不思議な酒の瓶が刺さっている、ユニークな光景が楽しめる。
旧東海道沿いでラーメン二郎近くにあり住宅街のど真ん中場所柄賽銭泥がいるのでしょうか監視カメラでしっかり見張ってあります賽銭箱の上になぜか酒の瓶差し込まれてましたこの付近は稲荷横丁と呼ばれ徳川吉宗がこの神社で飯食ったそうです。
かつての川崎宿にあった神社です、戦災で資料がなくなってしまったため詳しいことはわからないそうです。
創建年代は不明。地元の方に愛される稲荷神社です。
旧東海道側に案内ののぼりが出てるので場所はすぐにわかります。まわりはマンション、しかもベランダ側に囲まれているので騒ぐと迷惑になります。さっとお詣りしましょうね。
古くから川崎新宿のお稲荷さまとして、土地の人々の信仰を集めてきた神社。現在の社殿や鳥居は昭和26年(1951)頃、戦前の建物を模倣して再建された。基礎の土留めには二ヶ領用水に架かっていた石橋の部材が使用され、土留めの外側は、橋の上を多くの人がいて磨耗した跡がうかがえる。社殿の下には、いわれのあるケヤキの大木の切り株が眠っているという。昔、ケヤキの大木を切ったところ、ケガ人が後を絶たず、そのお祓いのために切り株の上に社を建てたと伝えられている。そのため、現在の社殿は、以前とは違う位置に建てられたという。川崎新宿(現在の京急川崎駅周辺)にあった「馬の水飲み場」から、稲荷社の前を通る道は「稲荷横丁」と呼ばれた。享保元年(1716)、紀州藩主の徳川吉宗が八代将軍継承で江戸に向かう際、本陣付近の稲荷社の境内で休息したというエピソードも残っている。2月の第2日曜日に町会による稲荷講の祭りが開催され、餅つきが行われ参拝者に配られている。
マンションの住宅街に囲まれたエリアにポツンとあります。多摩川のそばです。
八代将軍徳川吉宗が紀州から江戸城入りの際休息した場所とされている。
川崎駅から程近い場所にある神社です。静かで落ち着いた雰囲気。ここだけ江戸時代に戻ったように感じる、素敵なスポットです。
説明板が設置されており、下のように書かれていた。戦災で社殿や古文書が焼失したため、創建など不明。現在の社殿、鳥居は、昭和二六年(1951)頃再建された。東海道川崎宿、新宿にあった「馬の水飲み場」からここ稲荷社の前を通る道は「稲荷横丁」と呼ばれ、この稲荷横丁の少し先に大師用水に架かる石橋があり、これを渡渡ると府中道に合流し、一方反対に東海道を横切ると真福寺の参道となり、大師道へとつづいていた。八大性分徳川吉宗が紀州から江戸入りの際、この稲荷神社地で休息したと伝えられる。
名前 |
川崎稲荷社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.5 |
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東海道川崎宿・大師道御朱印めぐりで初めて参拝しました。こじんまりしていましたが、また行きたいです。