江戸時代の景色を思い出す二合半坂。
二合半坂の特徴
九段中学校前から続く、歴史的な風情を感じる坂です。
日光山を眺めたことから名付けられた由緒ある二合半坂です。
東京大神宮や富士見の風景が楽しめる絶好のロケーションです。
九段中学校前から「大神宮通り」に向かって下る坂です。二合半は一升の半分の半分すなわち四半分で、この分量は「こなから」といわれるところから、「こなからざか」とも呼ばれてきました。
暁星小学校前の坂 下って行くと東京大神宮。
九段下駅から徒歩で5分の場所に有る。九段中学校前から大神宮通りに向かって下る坂です。江戸時代には日光山が半分見えたと云う。標識には富士山を一合より十合まで見立て、日光山は富士山の五合に当たるとか。つまり二合半で日光山の半分になるという。
かつては坂を昇れば日光山の半分が見えたと言われる二合半坂。現在は都会の中にある普通の道で碑が立っていなければ気が付かなかったし調べることもなかった。また無駄な知識を貯めてしまった。
ベリーグッド。
冬青木坂の坂上、フィリピン大使館脇から北へ下る坂です。
富士山を一合から十合まで数える習慣にならうと日光山は五合と見積ることができ、かつて坂からはその日光山が半分見えたので五合の半分で「二合半坂」となったそうです。現在では富士山を見ることはできません。
江戸時代、この坂の上からは日光山の半分を眺めることができました。富士山の高さを一合~十合と数えますが、この坂から見える日光山は富士山の約半分、すなわち五号の高さでした。 五号の日光山のさらに半分で、二合半坂と名付けられたといわれています。江戸時代はこの坂の両側には旗本屋敷が建ち並んでいましたが、明治時代には、坂の東側に英語教育家として知られる神田乃武の邸宅が、西側に和洋裁縫女学院(現在の和洋女子大学)がありました。
| 名前 |
二合半坂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://www.edo-chiyoda.jp/knainobunkazai/bunkazaisign_hyochu_setsumeiban/3/5/182.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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なかなかキツイ坂です。