歴史感じる小茂田北向神社。
北向神社の特徴
坂上田村麻呂が創建した歴史ある神社です。
小茂田北向神社は多くの境内社を持っています。
住宅街に佇む静かな雰囲気の場所です。
書置きの御朱印いただきました。北向神社は、古代から小茂田地区の鎮守様であるとともに、『北向様』と呼ばれて、近在近郷の人々からも広く崇敬されてきました。社伝によりますと、桓武天皇の時代である延暦二十年(801)に、征夷大将軍坂上田村麻呂が、蝦夷平定のために東北地方に出陣した折り、当地を訪れておまつりしたといわれています。当時、近くを流れる身馴川(小山川)には、周辺の村々の田畑を荒らし廻わり、人々を苦しめる大蛇が棲みついており、坂上田村麻呂は上野国(群馬県)赤城山の神霊である赤城大明神の霊威をいただき、みごと大蛇を退治することができたという伝説が伝えられています。坂上田村麻呂は、小茂田をはじめ、沼上・十条・阿那志・古郡の五か所に、赤城大明神の神霊を、赤城山に向かって、北向きにおまつりしたため、北向大明神とか北向神社と称されるようになったといいます。地元の人々は、五か所にまつられた北向神社を総称して、『五社の明神』と呼んでいます。北向神社は、邪気を祓い、人々の幸福を願う節分蔡行事で有名ですが、五穀豊穣や厄除開運をはじめ、勝利祈願や安全祈願にも霊験あらたかといわれています。また、氏子の人々によって鎮守の森が保護され、自然環境を大切にしておまつりされていますとのことです。
とても綺麗素敵な神社です。皆さまも、神社に来てくださいね~。
住宅街にひっそり佇む小さい神社です😁本殿の横に社務所的な建物が有るのですが不在の場合は右下👉が宮司さん宅なので、そちらで御朱印が頂けます😀
小茂田北向神社(こもだきたむきじんじゃ)北向神社御祭神 須佐之男命 大己貴命 少彦名命惟神祖霊社御祭神 大国主命 須勢理昆賣命境内社 稲荷神社(字下児玉東伊那利神社を合祀) 天満天神社(字下児玉東伊那利神社末社菅原神社) 神明神社(字日之待西伊勢神社を移転) 八坂神社(字南口八雲神社を移転) 阿夫利神社(文久二年銘の石宮) 三島神社(宇三島南) 大国神社(字権現塚) 山之神社(字太子宮) 厳島神社(字阿郡志境)由緒美里町小茂田は、身馴川(小山川)と志戸川の間に位置し、奈良・平安時代の条里制(土地区画管理制度)の遺構があります。神社の東側にある杜の池(小茂田池)は、条里制に伴って奈良・平安時代に掘られた池です。武蔵武士児玉党薦田氏の本質地と伝えられ、仁安三年(1168)には児玉党庄氏の家長庄太郎が社殿を再興し深く崇敬したといいます。文永十一年(1274)十一月の「大嘗会雑記配賦」には「薦田」と記され、真菰が繁茂している田を意味していたと考えられています。小茂田北向神社は北向五社の一つで、身馴川の古い段丘状の微高地に位置しています。社伝によると、桓武天皇の時代の延暦二十年(801)征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷平定のために東北地方に出陣した折り、当地を訪れ、身馴川に棲みついて周辺の村々の田畑を荒らし廻って人々を苦しめていた大蛇を退治しようとした際に、上野国(群馬県)赤城山の神霊である赤城大明神の霊威をいただき、みごと退治することができたといいます。この事により坂上田村麻呂は、小茂田をはじめ、沼上・十条・阿那志・古郡の五か所に赤城大明神を勧請しました。人々は、社殿が赤城山に向かって北向きに祀られたため、北向大明神・北向様と崇め、五社の北向神社を総称して「五社の明神」と称するようになったといいます。江戸時代初期から幕末まで、領主酒井家の崇敬が篤く、領主酒井家の崇敬が篤く社殿改修を進めました。元文四年(1739)十二月十七日に「池魚の災い(池魚に感謝しないための災い)」による大火に遭い、社殿・古文書ことごとく灰燼に帰しましたが、その後、酒井家や氏子の努力で再建されました。天明年間(1781~1789)には、天候不順や浅間山大噴火などで大飢饉に見舞われましたが、神社に帰依することでその難から逃れようと願った氏子たちが、天明三年(1783)に石鳥居を建立したといわれています。明治十二年(1879)に拝殿を再建しました。昭和三十八年(1963)に石鳥居を再建しました。昭和五十一年(1976)に外宇営繕、平成八年(1996)に社務所再建を実施しています。(「境内案内板」及び「埼玉の神社」参照)三本の欅北向神社の境内には、護り神の「三本の欅」があります。昭和十九年(1944)太平洋戦争が激しくなった時代に、戦争に出兵することが決まった三人の青年が願いを込めて植えた欅です。青年たちは戦争が終わって無事に故郷に帰還できることを祈って植えました。昭和二十年(1945)終戦後、三人の青年たちは戦火を潜りながらも、無事に故郷に帰ることができました。(境内案内板より)
小茂田北向神社。埼玉県児玉郡美里町に鎮座する。祭神は大己貴命・須佐之男命・少彦名命。社格は旧村社。坂上田村麻呂が赤城大明神の神霊を戴き、大蛇を退治した伝説がある。御朱印あり。
美里町小茂田の鎮守様のようです。心が落ち着く歴史有る神社です👍️
とても歴史のある神社の様です。心が落ち着く不思議な感じがしました!
きたむきじんじゃ。初めて参拝しました。境内に宮司宅があり、御朱印を直書きで頂きました。¥300
坂上田村麻呂が、赤城大明神の霊威を借りてこの地方に棲む大蛇(ヤマタノオロチ伝説同様に服従しない豪族でしょうけど)を退治したので赤城山に向かって建てられ。東にある池は奈良平安時代の条里制によって掘られたとか。なかなか由緒ある神社です。
名前 |
北向神社 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.9 |
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河輪神社に神主さんが北向神社から来て頂いてます。美里町には北向神社がいくつもありますので回って見るのも良いのでは?