圧倒的存在感の中金堂を体感。
興福寺 中金堂の特徴
中金堂は興福寺伽藍の中心で、重要な建物です。
釈迦如来像が祀られた中金堂は、存在感が圧倒的です。
平安時代の再建で、美しさを極めた立派なお寺です。
凄いけれど、以外とオリジナルもこんな感じの組み立てだったとの感想が。見ないと判らない凄さは有る。
東金堂も五重塔も今は拝観できず、中金堂を拝観しました。最後の再建にはアフリカから取り寄せた柱を使っているという荘厳な建屋を見ることができました。現在は吉祥天だけ拝めず、お正月の七日間のみ、ご開帳するようです。お正月来たいですね!
中金堂は興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物で、 寺伝では創建者を当時の日本の律令制度をまとめ、藤 原氏の栄光の基礎を築いた藤原不比等とします。創建 当初の中金堂の規模は当時の奈良朝寺院の中でも第1 級でした。当時は丈六釈迦如来像を中心に、薬王・薬 上菩薩像と十一面観音菩薩像を脇侍に従え、四天王 像、さらに養老5年(721)に橘三千代が夫不比等の1周 忌に造立した弥勒浄土変の群像も安置されていたとい われています。以後、創建より6回の焼失・再建を繰り返し、享保 2年(1717)に焼失した後は財政的な問題により再建が 進まず、およそ100年経過した後に町屋の寄進により規 模を縮小した「仮堂」を文政2年(1819)に再建しま す。しかし、あくまで仮設としての建立であったた め、長期使用を想定しておらず、材木には不向きなマ ツが使われるなどしたため、急速に老朽化が進みま す。そして、創建当時の様式で復元すべく、この仮堂は 平成12年(2000)に解体しました。その後、発掘調査を 経て、平成22年(2010)の立柱式、平成26年(2014)の上 棟式を経て、平成30年(2018)に再建落慶を迎え復元さ れました。
奈良県奈良市近鉄奈良駅から歩いて15分法相宗総本山 興福寺興福寺伽藍の中心でもある最も重要な建物中金堂。創建者は藤原氏の栄光の基礎を築いた藤原不比等。金色に輝く本尊・釈迦如来坐像を真ん中に、諸仏が安置されてます。創建より6回の焼失・再建を繰り返し、平成30年(2018)に再建落慶を迎え復元されました。拝観料は大人500円で見応えは抜群で非常に良いものが安価で楽しめてありがたいです。奈良観光に必須の場所かと思います。
入館料は500円プレハブの建物内の売店にある券売機でチケットを購入します。堂内は写真撮影できません。金色に輝く釈迦如来坐像他、どれも美しく見事な仏像が並んでいます。
昔の興福寺は五重の塔くらいしかイメージがわかない感じのお寺でしたが、この中金堂が再建されて興福寺の新しいイメージのシンボルになりつつあります。創建以来6度も消失しているというかななかなか波乱万丈な建物です。1717年(享保2年)に消失した100年後に規模を縮小した仮金堂が1819年(文政2年)に再建されます。ただあくまでも仮の建物だったので老朽化が激しかったらしいです。そこで2000年(平成12年)にこの仮金堂を解体し発掘調査をして2018年(平成30年)に創建当時の姿で再建されたという流れです。今は中金堂に接続する回廊の基壇が整備されています。中門と回廊が整備されるとそれはそれはかなりの風雨角が出そうですね。現在左側の部分の発掘調査が始まっているようですまたこの中金堂の前にある南大門の基壇も整備されたのでそちらも楽しみです。
前回は建築中ということで、完成後は初めて。聖武の東大寺の南北の軸を春日大社・興福寺が東西に断ち切る、藤原の権勢の様を赤裸々に示していて面白い。
広い大きい奈良の歴史的建造物はスケールが違う✨✨✨圧倒されます。
柵があり、中に入ることはできませんでしたがとても目を引くお堂でした。
| 名前 |
興福寺 中金堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0742-22-7755 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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興福寺といえば興福寺国宝館で国宝や重要文化財の数々を見て欲しいですが、仏像の写真撮影禁止なのでご自身の目で見てみて下さい。金剛力士立像や阿修羅立像、天燈鬼立像は仏像に興味がない人でも何かで見たことがあると思うし、見ると引き込まれてしまう魅力があると思います。入場料700円ですがそれ以上の価値があると思います。中金堂は入場料500円ですが中金堂の真ん中に安置されている黄金の釈迦如来坐像は言葉を失う迫力ですし、四隅を固める四天王立像も傑作です。