美しい庭園に包まれる松前家の歴史。
法幢寺の特徴
美しい庭園が魅力的で、訪れる価値があります。
松前藩の歴代藩主のお位牌が収められた御霊屋が存在します。
裏手には松前藩主の墓所があり、歴史の深さを感じます。
庭園がすごくきれいです。
松前藩主の松前家の菩提寺で、松前家歴代藩主のお位牌を収めた御霊屋があるお寺です。訪れる人もあまり多くなく、静かな雰囲気で参拝・散策ができます。松前家墓所と一緒にお参りされるのがいいでしょう。
松前家の菩提寺で、裏手には松前藩主松前家墓所がある。本堂左手の御霊屋(みたまや)は、1834(天保5)年に再建され、歴代藩主の位牌が安置されている。かつて藩主を諌(いさ)めたために流刑となり首をはねられた門昌庵(もんしょうあん)事件の柏巌(はくがん)和尚はこの寺の住職だった📖手長池1745(延享2年)、松前藩12代藩主資広(すけひろ)は、中納言八条隆英の娘を正室に迎え、城下の人々は彼女を京御前様と呼んで尊んでいた。資広が参勤交代のため江戸にいたある夜、京御前は何かに誘われるように外へ出て、ふと気づくと町外れの池に来てしまった。ふと見ると、池のほとりには男がこちらを向いて立っていた。京御前は懐中の剣を握り締め、身構えながらも「今夜はもう遅いので、明日もう一度逢いましょう。何か証拠の品を持ってきてください。」と述べ、戻ってきた。翌日、京御前は縁側で琴を演奏していると、夕暮れ時に瞬く間に雲が空を覆い、稲妻が光り、燈火が揺れた。その時、垣根越しに長い手がにゅ~っと伸びてきて、その手はお皿一枚を持っていた。京御前は微笑みながら琴をやめ、左手でその贈り物とおぼしきお皿を受け取ると同時に、右手の懐剣でその長い手を突いた。「ぎゃー!」と物凄い大声が響いて、驚いた武士たちが駆け寄ると京御前は無事だったので、血を滴らせて逃げる妖怪の後を追った。すると、京御前が昨晩誘われた池のほとりまでたどり着き、池は真っ赤な血で染まっていたという。それから、この池は手長池と呼ばれた御霊屋松前歴代藩主の位牌堂で、寺伝では松前家2世光廣の創設と伝えている。法憧寺山門を入り本堂に向かって左手にあり、土蔵造り、向唐門玄関付となっている。現在の建物は1834(天保5)年の再建で、明治、昭和、平成の修理を経ている。内部は内陣位牌壇と畳敷拝殿に二分されており、武田信廣より18世松前徳廣まで、松前家一族の位牌が安置されている。内陣格天井には格調高い極彩色花鳥の画が掲げられており、朱塗一部金泥唐獅子折戸、朱塗前机など、結構が尽されている。
松前家の菩提寺。
名前 |
法幢寺 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0139-42-2209 |
住所 |
|
評価 |
4.0 |
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法幢寺(/≧◇≦\)