静御前の舞と、再建への願い。
勝手神社の特徴
伝説の舞が舞われた静御前ゆかりの舞塚があります。
不審火により焼失した歴史深い神社として知られています。
全国に28社ある勝手神社の総本社として特別な存在です。
捕らえられた静御前が請われて舞を舞った場所だそうです。火事にあって今は建物は有りません。この神社は吉野山口神社とも勝手明神ともよばれていた由緒正しい歴史的貴重な神社です。ご祭神は、天忍穂耳命、大山祇命、久々能智命、木花咲耶姫命、苔虫命、葉野姫命です。創建は不明ですが紀元前386年とも伝えられます。大海皇子が琴を奏でたら袖振山から天女が舞い降り舞ったという話があります。勝運や芸能、山の神、花の神として崇敬をうけています。
能の吉野静の舞台になった勝手神社です。いつか行こうと思っていたのですが、ようやくお目にかかる事ができました。ちょうど桜が見ごろの時期で、ここで静御前が舞っていたと考えると、桜が散っていくこの時期には特に感慨深いものがありました。建物自体は確かに消失しておりなかったのですが、大勢の人がいるど真ん中にあります。
何度も焼失し、復興を遂げてきた『勝手神社』ですが、2001年に焼失後20年以上経ちますが、必ず再建されて欲しいですね。
吉野の歴史を担う主要な神社の一つですが、不審火で全焼したまま再建されず痛ましい限りです。焼失前の写真があったので合わせて載せておきます。復興を願うばかり。
かつて興福寺が春日神木を動かして京の朝廷に強訴をかける際は、石上神宮と勝手神社に神輿の派遣を必ず要請していました。それをもって興福寺だけでなく大和国の寺社の総意だと表しており、当時はそれだけ勝手神社の権威が高かったことが伺えます。そんな勝手神社の本殿は2001年の不審火で焼失してしまい、20年以上経った今もなお再建されていません。勝手神社を抜きにして吉野山の歴史や信仰を語ることは不可能なので、もし現存していれば世界遺産の構成資産になっていたかもしれません。まさに世界的な損失です。
本堂が焼失していて、単なる公園のようになっているベンチがいくつかあるので、食べ歩きの食べ物を持ってゆっくり休んで味わうのにちょうど良い。
再建復興をお願い致します。
なるほどなるほどー静御前が捕らえられた際に舞を舞ったという有名な神社がここなんや😃なんとも切ない話やな😭
主祭神:天忍穂耳命配祀神:大山祇命/久久能智命/木花佐久夜比咩命/苔虫命/葉野比咩命創建は不明ですが、「日雄寺継統記」という書物には孝安天皇6年(紀元前386年)と伝えられています。大海人皇子が社殿で琴を奏でたところ、天女が舞い降り、袖を振りながら舞を披露したと言われ、背後の山は「袖振山」と言います。境内には源義経の妻、静御前が追っ手に捕らわれた際、舞を見せたと伝わる舞塚が残っています。御本殿は奈良県の有形文化財でしたが、平成13年(2001)に不審火で焼失したため、御神体は付近の吉水神社に移遷しており、本殿再建のための寄付金が現在も募られています。拝:2020/11/04
名前 |
勝手神社 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0746-32-3024 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.6 |
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御朱印お受けしました。吉水神社さまにて戴けます。再建中でした。