妙見祭の恵比須、徒歩で訪れよう!
スポンサードリンク
車ではいけません歩きか自転車で行かれてください。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
春日神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 住所 |
|
| 評価 |
5.0 |
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
この神社の向かいに妙見祭で使う笠鉾「恵比須」が収納されている。◇徳淵と笠鉾「恵比須」このあたりは、戦国時代に名和氏や相良氏が八代を支配した時代、国内はもとより、中国や琉球との貿易港として栄えたところとして、徳渕の地名が記録に登場します。弘治元年(1555)には、八代から16艘もの渡唐船が出ていたという記録があります。元和8年(1622) 徳淵村・松江村の間に八代城が築かれると、 その城下町となり、 前川を渡る薩摩街道の渡し口や札の辻がおかれ、八代城下の中心的港として繁栄しました。本町1丁目にある春日神社は、寛永20年 (1643) 細川忠興 (三斎)が八代城の守りとしまして、徳淵町から移したもので、現在も町内(現本町3丁目)に残る春日神社は、古春日と呼ばれています。◇八代城下町図徳淵町と淵原町 (徳淵村の一部) は妙見祭に笠鉾 「恵比須」 (9 基のうち第7番)を出しています。 「恵比須」は、七福神の一人であ り、おめでたいに乗り、 海を渡るその姿は、港として繁栄した徳淵の歴史を物語っています。「恵比須」 の鯛が乗る波は、明和 元年(1764) に「大エ三平次」が制作したもので、この年、笠鉾の飾りが「桐に鳳凰」から「恵比須」に作り変えられました。平成22年3月 八代市教育委員。