仙台城跡で感じる伊達の威風。
仙台城 大手門脇櫓の特徴
仙台城の大手門は江戸時代の威信を感じさせる建物です。
残念ながら大手門そのものは消失していますが、模擬櫓が魅力的です。
石垣の雄壮さが昔の仙台城の威風堂々さを見事に伝えています。
仙台城唯一の復元建造物がこの大手門脇櫓である。昭和期まで現存しており国宝指定されていたが、大手門とともに1945年の仙台空襲で焼失。その後、1967年に外観復元された。しかし、屋根の形状が焼失前と異なることが判明し、今後解体され大手門と一体で復元される予定となっている。
仙台城跡の復元された大手門脇櫓。現在の仙台城で石垣以外で城らしさを最も感じられる建築物です。現存していたものは戦時中の仙台空襲で大手門と共に焼失し戦後に木造モルタル製で復元されました。
青葉城の本丸は現在は消失しているため、再建とはいえちゃんとしたお城感(?)があるのはこちら。ちょっと坂の急なところにあるが、折角なので見てみる価値はあると思う。
石垣修復工事のため大手門脇櫓から仙台城本丸跡まで通行止めです。期間は3年を予定しています。道路の廃止も予定しています。歩きであれば博物館奥の登城路 (巽門u003e清水門u003e沢門) から本丸跡に入れます。
仙台城の大手門。数少ない再建された箇所。現在は地震の影響でここから本丸跡へは徒歩でも入ることが出来ないので大きく迂回しなければならない。大手門は楼門型式の櫓門で、桐や菊紋をかたどった飾り金具などが施されていた。名護屋城の大手門を移築したものと伝えられているが、実際は名護屋城大手門を模したという意味の「写した」を「移した」と勘違いしたものではないかともいわれている。大手門は二の丸の正門であった。1931年(昭和6年)に脇櫓と共に国宝に指定されたが、仙台空襲により焼失。大手門隅櫓ともいう。大手門と共に1931年(昭和6年)国宝に指定されたが、大手門と共に戦災により焼失。1967年(昭和42年)に民間の寄付により外観復元され、現在は唯一復元された建造物である。しかし令和2年の調査で焼失前の物とは形状が異なる事が分かり大手門の再建と一体的に焼失前の形に再建されることになっ。
大橋から東北大学の方面に真っ直ぐ歩くと、坂の上にそびえる青葉城の大手門の櫓です。国際センターから徒歩数分で少し急な坂を登ります。以前は門も併設されていたようですが、戦災で消失しています。建築物が残っていない青葉城において、顔と言える櫓となっています。以前はここから左に曲がり、本丸に行くことができましたが、地震の影響で現在は石垣が崩れ、通行止めになっています。
仙台城と言えばこの大手門の隅櫓と本丸の伊達政宗騎馬像です。大手門は往時のものを復元再建されたものです。江戸期には隅櫓と道路を挟んで反対側の土塀を繋ぐ多聞櫓があったそうで、さぞかし立派な大手門だったと想像されます。近くに設置されていたマンホールにその威容が描かれています。
2022.3/16地震の影響で石が崩れここから仙台城方向には歩きも車も行けない仙台市博物館裏も通過不可西回りで迂回しか道はない。
一流の建造物を見ることは、畑違いでも一流を目指すなら、見ておくに越したことはない。見ていて飽きない脇櫓です。
名前 |
仙台城 大手門脇櫓 |
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ジャンル |
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電話番号 |
022-225-7211 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.9 |
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ここから伊達政宗公像までは山道を歩くこと徒歩20〜25分。故にここから登城する人は少ない。