千五百羅漢と歴史の道。
千五百羅漢道の特徴
1779年から21年かけて作られた1553体の石仏群が見られます。
鋸山の南斜面には、江戸時代の石仏や観音様が点在しています。
大野甚五郎英令の門弟とともに信仰の証として彫られた里山の風景が魅力的です。
大野甚五郎が1779年から21年をかけ、門弟27人とともに生涯をかけて彫った1553体の石仏。その数は世界一。伊豆から運ばれた伊豆石で彫られ、多くは明治の廃仏毀釈で頭を壊されました。羅漢様お首つなぎ事業によって多くは復元しましたが、一部頭部がない石仏もあり首なし羅漢とも呼ばれています。
千五百羅漢像を造ったのが、上総桜井の名工 大野甚五郎英令とその門弟27名で、そのお墓がこちらにあります。
鋸山の地獄のぞきの先を行くとここにつきます。このまま進むとロープウェー乗り場です。階段でアップダウンが激しいのでかなり息が上がります。
うーん、コンクリート製なので時間とともに崩れたり割れたりします。このため首が取れて当たりします。失礼ですが商業主義っぽいです。1500でなく30でも一つ一つきちんとして壊れないもの、大事に作られたものであるべきかと思います。
ものすごい数ですが、雨風で一部がかけてしまった石像もたくさんありました。道は結構険しくて、雨が降った日は水溜まりが出来ていて歩くの大変でした。
江戸時代に作られたと言われる石仏や観音様が、何カ所かに分かれて山腹の洞窟に置かれています。
行基が開いたと言われる日本寺が鋸山にあり、山の南斜面に広がる境内には、1553体の石仏群(羅漢)がある。1780年に21年の年月をかけて彫ったもので、一つとして同じ顔がなく見応えがあります。
山道沿いに石像がグループごとに置かれている、遥か昔にこの高い切り立った山にこのような大量の石像を並べられたのはひとえに信仰のお陰でしょうか。
巧拙は様々ですが、思いの深さはそれに比例してないと。
名前 |
千五百羅漢道 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.1 |
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日本寺の移動途中の坂の途中、至る所というか、何ヶ所にもあります。体力のある人は、来た道を戻るなど、少し遠回りしても。