大分の歴史、ザビエル像で再発見!
聖フランシスコ・ザビエル像の特徴
大分府内城跡地に位置する聖フランシスコ・ザビエル像は圧巻です。
教科書でも紹介されるフランシスコ・ザビエルの歴史を伝える像です。
銅像は低い台座にあり、目線が同じで親しみを感じます。
この手の彫刻群には、大体上田保(元大分市長・マリーンパレス社長)名が多い。
ザビエルって長崎や山口のイメージ強いけれど大分もお菓子とかあるんだね。ホルトホールにも南蛮珈琲あるし。
大分府内城跡地から道路を渡ってある大分市遊歩道公園の聖フランシスコ・ザビエル像。なんでザビエル?と思ったら大友宗麟に招かれキリスト教の布教で大分の地を訪れていたんですね、滞在は2ヶ月の間に布教活動を行っていたらしいです。ザビエルといえば鹿児島イメージでしたが、よくよく思い返せば大分の銘菓で「ざびえる」ってありましたね^^;
たぶん日本でいちばん有名で馴染みのあるキリスト教の宣教師やろなそしてこの銅像やけど学校の教科書に載ってたフランシスコ・ザビエルの肖像画とは顔がぜんぜん違うよなま、銅像あるあるやけどしかしまぁ…たいていの銅像には巨大な台座があってその上に立派な銅像本体が建ってるんやけどこちらの銅像には巨大な台座らしきものはなくわすかな高さの板のような台座に銅像が建っており拝観する我々と同じ高さの目線ですなんか意味でもあるんかなー。
真田戦記フランシスコザビエル像ザビエルは、豊後国府内にポルトガル船が来着したとの話を聞きつけ、山口での宣教をトーレスに託し、自らは豊後へ赴きました。1551年9月、ザビエルは豊後国に到着。守護大名・大友義鎮(後の宗麟)に迎えられ、その保護を受けて宣教を行いました。ザビエルは「この国の人びとは今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人びとは、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。」と語っていたそうです。2体の銅像は肖像画とは少しイメージが違う様に感じました。肖像画よりダンディな、いい男に感じました。
大分とザビエル・・・、繋がりませんでした。お菓子の名前にザビエルっていうのも知りました。2023.02
歴史の教科書でもよく出てくる、フランシスコ・ザビエルの像。スペイン生まれのカトリックの聖人です。
フランシスコザビエルは大分にも布教をしていたのですね。
大分県庁の近くにあるザビエル像です。
| 名前 |
聖フランシスコ・ザビエル像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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20241104説明文がとてもわかり易く書かれています。