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四十八番の西林寺の奥の院です。『四国偏礼霊場記』には、杖淵と塀を隔ててお寺がある、本堂、鎮守があると書かれ「杖の淵と名づく。かかし大師此所を杖を以て加持し給ひければ、水道騰して玉争ひ砕け」とあるので、弘法清水という大師の杖の信仰からできた寺であることがわかります。 泉のほとりに小さな大師堂あるいは観音堂があって、そこにたまたま住んでいた勧進聖がいちばん都合のいい場所を選んで、いまの西林寺をつくりあげたということになります。いわば土地を買ったということかもしれません。縁起にも歴史にもそのことは出てきませんが、おそらくそういうことで、現在の寺址が杖淵から二〇〇メートルほど北西になったのだとおもいます。杖淵を奥の院としているのは旧址だからです。おそらくもとは観音堂か大師堂で、大師堂が現在の寺地の観音堂と合併して札所とたったものとおもねれます。 『四国偏礼霊場記』では、寺と杖淵とは隣り合わせで、塀を隔てた位置にあり、本堂のほかには鎮守があるだけで、大師堂は描かれていません。つまり、もともとぱ別の寺であったものが、のちに杖淵にあった大師堂と観音堂が一緒になって、西林寺を名乗るようにたったわけです。杖淵。