館林城で歴史の息吹を感じる。
館林城跡の特徴
館林城跡は徳川綱吉が滞在した歴史的な場所です。
第1資料館で館林城のジオラマが展示されています。
鯉のぼりが飾られる美しい景色を楽しめる公園です。
館林藩が置かれた城。5代将軍徳川綱吉が滞在した場所としても知られている。現在、城跡は公園となっているが、復元された城門などを見ることができる。
今日は、第一資料館に行って、館林城のジオラマを見て、近くにあることを知って、見たくなり、第一資料館から歩いて来ました。すごく立派な城門なのに、驚きました。第一資料館でジオラマを見なかったら、たぶん、来なかったかも知れないです。
プラネタリウムや色々な物が有る公園ですGoogleの地図で城跡には門が有り本丸跡には最初三角コーンが建っていて悩みましたが池を越えプラネタリウム(科学館)近くに看板がありました行った日は川に多くの鯉のぼりが有り素晴らしい景色でした。
市指定文化財・史跡館林城跡所在地城町甲23-1 他所有者・管理者館林市指定年月日昭和48年(1973)4月1日館林城跡館林城は館林・邑楽地方の代表的地形である台地と低湿地を巧みに利用した平城で、尾曳城(おびきじょう)とも呼ばれる。築城時期や築城者を明確にする記録はないが、戦国時代の築城と推定され、群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の中で、赤井氏、長尾氏、北条氏へと支配権が移った。また、近世には北関東の要所として榊原康政(さかきばらやすまさ)、徳川綱吉をはじめとする譜代(ふだい)・親藩(しんぱん)の居城となり、一時廃城となるが、宝永5年(1708)に松まつ平だいら清きよ武たけによって再築が始まった。近世初代城主の榊原康政は、沼に突出した舌状台地(ぜつじょうだいち)を区画した本丸・二の丸・三の丸・南郭(みなみぐるわ)・八幡郭(はちまんぐるわ)を中心に、稲荷郭(いなりぐるわ)・外郭(そとくるわ)・武家屋敷等を内郭(うちぐるわ)とし、西側台地上に城下町を配し、全体を堀と土塁(どるい)で囲んだ。現在、城の遺構は大半を失っているが、本丸跡・三の丸跡・第一中学校周辺などに一部土塁が残っている。現在の館林市中心部の基礎を築いた城の遺構として重要である。(館林市ホームページより)
15世紀に尾曳城として築かれ、徳川四天王の榊原康政によって回収された城。本丸跡の高い土塁と石垣の一部が残ります。ほか土橋門が昭和期に復元されています。
関東管領上杉氏と鎌倉公方足利氏が対立した最前線の城でした。南側が城沼に面した要害です。現在、3の丸や本丸の僅かな土塁に往時の面影を感じることができます。3の丸では蔀土居と呼ばれる城内を見渡せないように遮るための土塁が見られます。3の丸は比較的良く遺構が残っていました。
館林駅から真っ直ぐ道を進み市役所前の交差点まで来ると、左手前方に在る当所。今は市の施設が集約している様です。城は残っていませんが城門である土橋門が当時の様子を窺えます。また隣接する図書館に在る資料館に、お城が在った頃のジオラマが展示されている他、訪れた時は縄文式土器の展示されておりジョウモンづくしでした。
三の丸跡にある図書館に併設された第1資料館(入館無料でした)にジオラマがあって、どんなお城だったかが分かります。資料館にはパンフレットもあって昔と今を対比した地図があってあちこち巡るのに便利でした。思ってたより想像しやすい城跡でありました。
城跡と言っても門しかないですが、行けてよかったです。
名前 |
館林城跡 |
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ジャンル |
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電話番号 |
0276-74-0444 |
住所 |
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HP | |
評価 |
3.7 |
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広範囲に遺構があります。三の丸に門と井戸が復元され、敷地内の郷土資料館に模型があります。城沼も往時の雰囲気を感じられます。