歴史の舞台、手向山八幡宮。
手向山八幡宮の特徴
奈良公園の奥に位置する由緒ある神社です。
百人一首に名を刻む、歴史的な八幡宮です。
東大寺の鎮守として宇佐八幡宮から勧請されています。
「たむけやまはちまんぐう」と読みます。東大寺から春日大社の方へ抜ける道の途中、二月堂の近くにあります。小さいし目立つ案内もないから注意しないとわからないかも。八幡宮の総本社である九州の宇佐神宮から勧請され東大寺の鎮守神とされた歴史ある神社。ちなみに有名な石清水八幡宮ももとは宇佐神宮から勧請されています。御朱印は達筆です。八幡宮らしく八の字が良くみると鳩が向かい合っているように書かれています。何回か参拝していますが御朱印は御朱印帖へ直書きするのがポリシーのようです。書き手の方が参拝者に書き置きを断っているのを何回か見た事があります。とは言え御朱印帖さえ持参すれば神社仏閣が混在していようと快く書いてくださいます。東大寺の勧進所八幡殿にある快慶作「僧形八幡神坐像」はもともとこちらの御神体だったようです。僧形八幡神なんて神仏習合のいい例のような気がします。因みに京都・東寺では南無八幡大菩薩という御朱印が頂けます。八幡様は最も神仏習合の進んだ神様なんだそうです。
東大寺の鎮守として宇佐八幡宮より勧請された由緒ある古社です。明治期の神仏分離令により御神体であった快慶作の僧形八幡神像は東大寺勧進所八幡殿如来遷されています。東大寺と共に歴史を刻んで来た神社ですが、ひっそりとした静かな佇まいの神社です。
二月堂から若草山方面ヘ行く手前にあり思わず通り過ぎてしまいそうな神社。だが聖武天皇が大仏造営を発願し、鎮守社として現在の大分の宇佐神宮(八幡宮総本宮)から八幡宮を勧請したのに始まる重要な神社。
二月堂に向かう道中にふと気になって、そのまま前を素通りも失礼かと思い寄らせていただきました。中に入ってびっくり。菅原道真公が「たむけやま」の和歌を詠んだ場所だとあって、百人一首や源氏物語が好きな連れは「ここがあの‘たむけやま’かー!!!」と大興奮でした。何となしに神社やお寺に入るのはそこの神様仏様に呼ばれているから、と聞いたことはありましたが、少し納得した瞬間でした。ちょうど落ちた紅葉が碑を覆っていて、和歌にぴったりだなと癒されました。社務所には常に人がいる訳では無いようで、入った直後にちょうど人が出てきて運良く御朱印をいただけました。こんなところも↑の様に感じたひとつでした。
たむけやまはちまんじんじゃ、と読みます。東大寺から登って登ってでちょいと息は上がりますが、歴史ある境内と鮮やかな本殿が美しく、来て良かったと思えます。今日は紅葉🍁いい感じに色づいていました。御朱印も達筆!!ありがたいです。車椅子ユーザーは登りキツいし、境内に入るのに2段と門を越えるのでサポートがないと難しいです。ただし何十段も階段あるわけではないので、頑張りましょう!
百人一首にも読まれた歴史のある八幡宮神社。少し階段を登る必要はありますが、ひっそりとしていて美しいです。
宇佐神宮からの分霊第1号がここなんだとか。東大寺の鎮守社です。
奈良時代に宇佐八幡宮より勧請された神社です。ただ場所移動が何回かあり現在の場所は千手院の跡地になります。東大寺との神仏習合で一体化していたため神仏分離令により御神体で国宝の快慶作僧形八幡像が吉城川へ捨てられ東大寺の僧が拾い上げて持ち帰ったとの話が伝わっていて現在は東大寺所有です。それなのか分かりませんが何かしら陰気な感じが漂っていて石清水にお参りしていますのでこちらは素通りです。
御祭神:応神天皇/姫大神/仲哀天皇/神功皇后/仁徳天皇創建は天平勝宝元年(749)と伝えられています。東大寺、及び大仏を建立するにあたって宇佐八幡宮より東大寺の鎮守として勧請されました。当初は平城宮南の梨原宮に鎮座したと言われ、梨原宮の所在地は不明ですが、奈良市役所近くにある平城京左京三条二坊宮跡庭園がその跡と言われています。建長2年(1250)、北条時頼によって東大寺千手院の跡地である現在地に移されました。拝:2021/07/16
名前 |
手向山八幡宮 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0742-23-4404 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.2 |
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高畑交差点を(奈良公園)直進する左手に⛩鳥居が見えます。オススメ写真スポット📸鳥居手前から奥に色づきかけた紅葉🍁や存在感のある大木神秘的な空間でした。今日のハイライト菊一包永駐車場に車を置いお昼を『山のカフェ』さん私のオススメの季節のピザとパスタを食べお腹を満たし😆手向山神社へ、、、、山のカフェの前に緑が映える若草山を眺め鹿とたわむれながら坂を降り手向山八幡宮に訪れると境内までに『菅公腰掛石』があり石碑には有名な和歌「この旅は 幣もとりあえず手向山 紅葉の錦 神のまにまに」と一度は百人一首で見たことがあるかなと思います。短歌の現代語訳今度の旅は急のことで、道祖神に捧げる幣も用意することができませんでした。手向けの山の紅葉を捧げるので、神よ御心のままにお受け取りくださいと言う神様への敬意を歌にのせた様に私は感じました。この後、三日月堂・二月堂へつづく、、、