歴史を感じる文永の板碑。
文永の板碑の特徴
文永八年に刻まれた歴史的な板碑が魅力です。
高幡不動尊境内にひっそり佇む文化財として名高いです。
鎌倉時代の平姓高麗一族に関連する貴重な遺物です。
何度も来ている高幡不動尊に板碑(1217年のもの)があるのに気づきました。市内の果樹園にあったものの持ち主の意向で境内に移されました。武蔵国(埼玉県)高麗地方から日野市南平に移住した平姓の始祖の供養塔だと推定されてるそうです。ちょっとだけ触らせてもらい1000年以上前を感じました(4/4/2024記)
高幡不動尊内の地味な史跡。武蔵国高麗地方から日野に移住し、その後、勢力を伸ばした平姓の高麗一族の始祖の供養塔らしいそうな。
高幡不動尊の境内にある「文永の板碑」は日野市の文化財に指定されています。
古くは平維盛の墓との伝承があったが、近年の研究で鎌倉時代の早い時期(平維盛の時代とそう違わない)に現在の地域に勢力を伸ばした平姓の高麗一族の始祖の供養塔であろうと言われているそうです。
文永の板碑は文永8年1271年の碑で、古くは境内の西側の個人の梨畑にあったそうです。平成19年2007年に境内に移されました。平維盛の墓と伝承されて来ましたが、近年の研究で昔、日野市の広い地域に勢力のあった平姓の高麗一族の始祖の供養塔と考えられるようになったそうです。
| 名前 |
文永の板碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2024.7.19市指定有形文化財文永八年辛末中冬日と掘られてます。