勝海舟ゆかりのしあわせいなり。
四合稲荷神社の特徴
勝海舟が名付けた四合稲荷、しあわせいなりと読む神社です。
明治31年に合祀された歴史深い神社、宇迦之御魂神を祀っています。
赤坂氷川神社の末社に位置し、落ち着いて参拝できる場所です。
2024年8月12日に参拝しました。解説板によると、周辺にあった4つのお稲荷さん、古呂故(ころこ)稲荷、地頭稲荷、本氷川稲荷、玉川稲荷を明治30年1898年に合祀した神社だそうです。四つを合わせたので、四合とし、「しあわせ」と読ませたのは、この近くに住んでいた勝海舟だということでした。お茶目な命名だと思います。
赤坂氷川神社の境内社の一つ。近くに鎮座していた古呂故稲荷、地頭稲荷、本氷川稲荷、玉川稲荷を合祀。幕末の勝海舟が「四社を合祀」、幸福の「しあわせ」、「志を合わせる」をかけ、四合稲荷と名付けたとの事です。
四合稲荷とかいてしあわせいなりと読む。赤坂氷川神社の境内社。名づけ親は勝海舟とのこと。氷川神社にて御朱印が頂ける。
神社の名称は勝海舟が名付けたそうです。
2023.7.31参拝勝海舟ゆかりの社•四合稲荷(しあわせいなり)御祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)御神徳:五穀豊穣•商売繁盛御由緒:明治三十一年(1898)氷川神社付近に鎮座していた古呂故稲荷(ころこいなり)•地頭稲荷(じぬしいなり)•本氷川稲荷(もとひかわいなり)•玉川稲荷を合祀したことに由来する。その際、幕末の志士勝海舟により、「四合を合祀」、幸福の「しあわせ」、「志を合わせる」をかけ、「四合稲荷」の名付けられた。四合稲荷の御朱印は、社殿内に奉納されている勝海舟が書かれた扁額「四合稲荷社」の墨跡を用いている。例祭日:四月十五日以上、氷川神社で頂いた説明書より。
赤坂氷川神社の中にあるお稲荷さんです。みどりもみじに囲まれています。
#赤坂氷川神社 さんから下の方に、#四合稲荷神社 という #お稲荷さん があります。初めて詣ったのですが、何とも良い雰囲気のお稲荷さんでした。#しあわせいなりお稲荷さん、昔むかしは怖くて近づけなかったのですが、2019年から住み始めた土地の氏神様がお稲荷さんだったこともあり、腹くくってw きちんとご挨拶に伺ってから、気に入られたようで、仲良くなってしまいました。「あるお祈り(お願い)の仕方」をしたら、後ろにドンッと降りて来てくださって、それから狐さんも一緒にお仕事することになり、約4年経ちました。私のお祈りの仕方はちょっと特別なもので、たぶんそんな事を神様に言う人は他にはいないかもしれない^^;なので、皆さんにはちょっとお勧めし難いかな。お稲荷さんも様々で、エネルギーの質も、色も異なり、実は相変わらず怖くて近づけないお稲荷さんもあります。なので「自分との相性」も大事ですよね。お稲荷さんにお願い事をする時は「願いが叶ったらお返しを差し出す」事になっていて、物々交換するものが無い方は安易にお稲荷さんにお願い事をしてはいけない。というのが一般的に言われていることです。逆に言うとそれだけ願いを聞き届けてくれる力も強いってこと🦊叶えてくださる力の強さを侮って適当にお願いをしてはいけないのです。「叶えたんだから、○○頂戴よ」と言われて、差し出さなくても、持っていかれてしまいます。お稲荷さんには、腹くくってお願いごとをするか、もしくは無難なのは、基本的な神社同様に、日頃の感謝を心からお伝えする。というのがお勧めです。
赤坂氷川神社の末社にあたるのかな…こちらも落ち着いて参拝できるので、赤坂氷川神社に参拝する場合はこちらも訪れることをおすすめします。御朱印は赤坂氷川神社でいただけます。
氷川坂から氷川神社に入ったすぐ左手に鎮座します。古呂故稲荷(古呂故天神社境内)、地頭稲荷 (氷川神社遷座以前より拠の地に鎮座)、本氷川稲荷(本氷川神社隣接、別当盛徳寺の地内)、玉川稲荷 (赤坂門外の御堀端、現弁慶橋のあたり)の四社を明治31年に遷座合祀し、赤坂在住の勝海舟により『四合(しあわせ)稲荷』と称えられました。その後、大正14年に鈴降稲荷神社 (赤坂一木町)と縁起稲荷神社(赤坂丹後坂下)二社を、また昭和9年に明徳稲荷神社(赤坂新町)を遷座合祀し現在に至ります。お参りしたら幸せになれるかなあ。
| 名前 |
四合稲荷神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3583-1935 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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赤坂辺りには勝海舟が住んでいた屋敷があり、銅像や案内板も建てられています。近くに鎮座していた4社を赤坂氷川神社の境内社に合祀する際、その勝海舟が名付け神社と云われています。勝海舟により「、四社を合祀」したので、「幸福(しあわせ)」、「志を合わせる」で四合稲荷(しあわせいなり)という名が付けられています。実際に、直ぐ近くには、あの坂本龍馬が勝海舟を斬りに来たと云われる屋敷跡があり、勝海舟・坂本龍馬の師弟像があり、本当は「志を合わせる」が本意だったのかぁと思いながらお参りしました。