観音寺の鐘楼、心に響くひと時。
旧鐘楼の特徴
塩船観音寺の文化財は多彩で、見ごたえがあります。
特殊な鐘楼が二つあることが、他の寺院と違う魅力です。
周辺の自然に囲まれた環境が心を和ませます。
茅葺きで趣きがあります。
塩船観音寺には鐘楼が二つあります。こちらは古くからある方藁葺き屋根が特徴のある鐘楼で鳴らす事が出来ません。銅鐘は寛永18年、1641年に作られた物で、青梅市の有形文化財に指定されています。新しい方の招福の鐘はもっと山門から歩いて中腹近くにあり、鳴らす事が出来ます。
名前 |
旧鐘楼 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
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観音寺には数多くの文化財があります。銅鐘どうしょうもそのうちの一つで、市有形文化財に指定されています。観音寺の入口には「塩船観音寺山内図」の絵図があり、鐘楼しょうろうと旧鐘楼の位置が示されています。鐘楼は本堂脇の小高い丘の上にあり、防災開運「招福の鐘」の梵鐘がかけられています。これは現在撞つかれている鐘です。文化財指定の銅鐘は本堂脇の旧鐘楼にかけられていて、口径67cm、高さ91cmの大きさです。現在はこの鐘を撞くことはありません。銘文には「武州杣保小曽木郷塩船村 西光山無量寿院塩船寺奉如往古鋳造銅鐘一口 諸行無常 是生滅法 生滅々己 寂滅為楽 天長地久 壇越繁栄 寛永十八年辛巳三月吉日 住持法印智賢 本願 杉本坊為権大僧都良忍菩堤也 施主近藤惣太郎 大工櫻澤市兵衛尉盛次」と刻まれています。寛永十八年(1641)に、住職法印智賢ほういんちけんの願により、杉本坊権大僧都良忍ごんだいそうずりょうにんの菩堤ぼだいを弔うために鋳造されたものであることが分かります。施主の近藤惣太郎は南小曽木の人、大工(鋳物師いもじ)の櫻澤市兵衛尉盛次は、現羽村市五ノ神に住んでいた中世からの鋳工集団の一派の棟梁であったとされています。製作者が明らかで、青梅近在で鋳造されたことなど、その経緯が解る銅鐘として貴重なものです。