天竜川の丸石で築く歴史の美。
横須賀城跡の特徴
天竜川から運ばれた丸石を用いた珍しい石垣が特徴です。
徳川家康の命によって築城された歴史深い横須賀城跡です。
綺麗に整備された城跡で、眺めが良く落ち着いて過ごせます。
丸い石で積まれた石垣が珍しいですね。ちょうど鯉のぼりの季節で元気に泳いでました。一部石垣が崩れてしまっており通行止めでした。
駐車場は本丸の南側と西側(トイレあり)に1ヶ所ずつ。階段部などコンクリートでかためられているのがザンネン。城跡というよりは史跡公園の印象が強い。大井川のものを使った丸石の壁面は独特。これまた仕方がないのだろうが繋ぎにコンクリート使用されてザンネン。遺構は分かりやすい。二の丸があったであろう場所は広域に保存されているのか?すすきのが広がっていた。少し南側に行けば当時の外堀の遺構も分かりやすい。かつての街道も現在も一般自動車道になっていて面白い。程よく遺構が残されているので当時をイメージしながらゆっくり歩いてみたい!すぐ目の前は大型船も往来可能な入江?湊?だったのがおよそ信じ難い。現在の海岸線まで結構ありますよ!埋め立てたエリアもあったにせよ地震って恐いですね。目の先の「高天神城」南側も同じく入江があったそうです。物資供給や交易でも多いに役立ったでしょうし自然地形を利用した難攻不落城にもなったでしょう。とても静かな町にありクルマもご近所さん方もほとんど見かけません。本丸から見える遠州灘の景色は素晴らしくベンチなどはありませんが石垣に座らせてもらってお弁当とかいいかも。そういう光景は見たコトないですが😅 (食事も城跡で食べたいな!)って人もいるのでは?ギリ大丈夫そうですが👍
本丸が宅地開発されるのを地元の方が反対して現在の城跡があるようです。横須賀湊の海上交通の要所で明治維新後に廃城になるまで継続、栄えた場所。城のすぐ前に無料駐車場あります。海まではだいぶ埋め立てられたようです。4層の天守がある時の姿はどうだったのか。大手門が2つある両頭城、川の丸石による石垣など特徴的。石垣は一部コンクリで固められてるよう。
特徴は他に類を見ない天竜川より運ばれた玉石垣を用いた築城法です。天守閣は三層四階だったそうです。宝永地震のため湊が隆起してしまい、用水路を作ってしのいだ。それ以前は運輸交通の要衝でした。
2022年11月。駐車場は2箇所。回転も含めたら10台くらい駐車可能。先日の豪雨の影響か道は砂利がえぐれ、法面が崩落してはいましたが、本丸跡までは行けました。梅なのかな?春にきたら良さげな一角もありました。
横須賀城跡(よこすかじょう)別名 松尾城、両頭城所在地 静岡県掛川市西大渕築城年 天正6年(1578年)築城者 大須賀康高形態 平山城(標高25m・比高20m)遺構 石垣・土塁・郭・堀指定 国指定文化財天正2年(1574)武田勝頼に奪われた高天神城を奪還するための拠点として、徳川家康の命をうけた家臣、大須賀康高が築いた城である。縄張りは東西618m、南北は三の丸で289m、西の二の丸で184mある。標高26mの松尾山を最奥とする。本丸虎口の川原石の石垣が珍しい。☆移築城門「不開門」(あかずの門)撰要寺山門(所在地・掛川市山崎1305)市指定文化財「搦手門」本源寺山門(所在地・掛川市西大渕5431)☆移築番所「横須賀町番所」掛川市役所大須賀支所(掛川市西大渕)市指定文化財☆移築書院「白書院」油山寺境内(所在地・袋井市村松)
2022年4月に初めて訪れ今回、9月に5ヶ月振りに再訪しました。前回は小雨模様の肌寒い中でしたが今回は30度近い晴天の中、汗をかきながらの探索でした。来年度のNHKの大河ドラマは徳川家康を取り上げるので様々な想いを込め城址を楽しみました。
桜満開のタイミングで訪問。一面桜で、見晴らしもよく、きれいに整備されて芝生もあり地元の方はピクニックしてました。丸石の石垣がきれいに残っていて見応えあり。建物は残っていない。
天将6年、家康が武田方の高天神城攻略拠点として築城された。玉石積みの石垣が特徴的な平山城。東西2つ追手門がある両頭の城も特徴。
| 名前 |
横須賀城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kankou/spot/rekishibunka/yokosukajyoato.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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城趾です。エコパアリーナ近くの観光地を検索し、時間があったので訪れました。川の石で作られた石垣が有名だそうで、実際とても素晴らしかったです。集合体が好きなのでゾワっとしました。苦手な人は…どうでしょう😅