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名前 |
旧座主院・御本坊庭園 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
英彦山にある九州大学生物学実験所は、かつて英彦山神宮座主(僧の長)の居所・座主院(ざすいん)があった地です。土地は昭和十一年(1936)に九州大学に譲渡されていますが、現在も実験所官舎の東部には、桃山時代作庭とされる池泉観賞式庭園が残されています。もともと英彦山座主院は甘木市黒川の地にありましたが、桃山時代の天正年間(1573~1593)、九州を制圧した豊臣秀吉により黒川の地は没収され、座主院は英彦山内に移されました。作庭に関する資料は現存しませんが、巨石を用いた石組や地割から、座主院が黒川から移された天正年間の作庭と考えられています。座主院御殿址への石段は苔むした石垣と石段はまるで城郭のようで、最上部には通路を鉤上に屈折させた桝形虎口(こぐち)も綺麗に残っています。この庭の最大の見所である蓬莱石組。池泉西岸の小さな築山の上に、圧倒的な集団石組が築かれています。対岸から見た蓬莱石組は頂部の傾斜した立石を中心に、畳み掛けるように巨石が組まれています。蓬莱石組を南面から見ると、小ぶりながら立石を主とした美しい石組が見られます。蓬莱石組下部の護岸にも、巨石による見事な石組があります。池泉南部には石橋の痕跡が見られ、石橋は近年まで残っていたようですが、現在は基部と立派な橋添石のみが残っています。石橋基部は切石手法になっていますが、桃山期の庭園では自然石の石橋が主流で、切石橋はまだあまり普及していなかったようなので、作庭当初の遺構ではない可能性が高い。池泉東岸の護岸石組も巨石を用いた豪壮なものです。池泉北西部の石組の左手には三段の枯滝石組があります。枯滝石組は上部の二石が前方に倒れてしまっていますが、巨石を用いた豪壮な石組であることが分かります。座主院御殿址に建つ九州大学生物学実験所官舎。昭和初期に建てられた木造洋館で、大学職員の方が一人で管理されています。数多くの庭園遺構が残る英彦山ですが、旧座主院庭園は旧亀石坊庭園と並び取り分け優れた庭園だと思います。これだけの見事な石組が、このような山奥で今日まで残されてきたことが奇跡のようですが、これは庭園の管理をされてきた歴代の九州大学職員の方の努力の賜物でしょう。なお、庭園は実験所敷地内のため一般観光客の立入は禁止されていますが、事前に許可をとれば見学は可能です。(2017/05/23)