銀色の新幹線、吾妻神社のご利益。
吾妻神社(和利宮)の特徴
鎮守の森には杉や欅の大木が数多く繁り、心地よい風が流れます。
国道145号線沿いに位置し、広大な敷地の静かな神社です。
初詣での夢叶いお守りがあり、今年の願い事が叶いそうです。
素敵なおみくじのある神社です。道路沿いにありアクセス良好です。神域内は広く清潔に管理されています。社務所にも目を引かれます。うさぎの張り子おみくじがありました。他にも可愛らしい張り子おみくじがあります。これは他のところでも真似してほしい。機会つくってまた来訪したいです。
鎮守の森は杉、欅の大木が数知れず繁り広大。社殿は南向きに鎮座。南側にある鳥居から、石畳の長い参道を進み、神門をくぐると両側にイチョウの大木が聳えている。社殿の彫刻も見事。石畳がいい味を出していて、行ったり来たりしたくなるが、つまずかないように御用心…。
群馬県北西部、吾妻郡中之条町に鎮座してます。明治の神社合併以前は(和利宮)として親しまれてきましたが2度の神社の合併を経て社名を変更 吾妻の総鎮守として多くの崇敬を集めています。水上~ロックハート城~榛名湖方面ヘ走行 ふと見ると大きそうな神社 あ❗駐車場通り過ぎちゃった😅いつもなら次来た時にお参りってなるが気になりUターン 駐車場あり 戻って来てよかった すごくいい雰囲気👍️社務所あり👍️あ❗御朱印ある☺️神門に菊が飾られて綺麗 境内 イチョウかな 一面黄色👍️ 拝殿で参拝 一瞬すごく風が強くなりでも心地よい風 歓迎されたのかすごくいい参拝でした。社務所に人がいたのもラッキー 不在の時もあるみたいです。結構いい雰囲気の神社さんでした 近くに行ったら参拝してみてはオススメ👍️
国道145号線沿いに御座います吾妻神社です。私も妹も母の里帰り出産で出生地は中之条町の為、昔から何かと(厄除けなど)お世話になっております。駐車場から鳥居をくぐり参道を進むと右手に手水舎、正面に赤い屋根の神門。神門をくぐると社殿のある広くて大きな境内。境内左手に参集殿があり、右手に額殿、神楽殿が御座います。拝殿は銅板葺き入母屋造妻入で、後方の本殿は流造です。大穴牟遅神(おおなむちのかみ)を祀ることから「縁結び・恋愛成就」「子宝祈願・子授かり」「夫婦円満・家庭円満」「商売繁盛」「五穀豊穣」「金運上昇」等の御利益があるとされます。伝承によると創建は上古の時代(大和時代から大化の改新頃)、当初は和利宮と称し御手洗山の山頂付近(現在の伊勢町)に鎮座していたと伝えられます。拝殿のみがあった遥拝所でしたが参拝が不便であったため本殿を現社地に遷座させた経緯が御座います。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され周辺町内の多くの産土神(151柱)を合祀した事で吾妻神社に改称し、昭和3年(1928年)には郷社に昇格致しました。さて、気になる本年のおみくじは…中吉・・・!でしたが書かれております内容は大吉と言わんばかりでしたので大切にお財布に入れておきます!
初詣で夢叶いのお守りを購入したら、昔からの夢だった板谷駅で銀色の新幹線つばさ号を見るというお願いが本当に叶いそうなのでここはかなりのご利益がある神社だと思います!
何度も前を通り過ぎて気になってました。広大な鎮守の森の中の神社、人気ないので独り占め出来ます。境内はよく清められていて綺麗なので、神様に対峙出来る感じがします。
境内に入ったら何かに服を引っ張られた感覚がした。自分が行ったときは境内に一人で風が心地よっかた。おみくじを木に結ぶのは何かの伝統なのかなぁ…。
吾妻神社のかつての石鳥居の礎石は、中之条にかつてあった小城の門の礎石を用いたもので、元禄年間に小城村(只則)の人々が碑をたて由来を記したそうです。参道の改修により碑は破壊され今ではその碑を復元した碑が残ります。小城は真田氏と北条氏方の白井長尾氏が争奪を繰り返した地で今では遺構はほとんど残っていませんが、この礎石がかつての城の名残を知るものです。神門は天井に天女、鳳凰、龍(?)が描かれており、仁王が立っていた場所を考えると神宮寺の形式をとっていたのかもしれません。神道集に書かれた子持山の逸話に登場することから平安、鎌倉時代にさかのぼる由緒正しい地です。
お一日、15日の早朝に伺うと、拝殿が開けられ、朝のお勤め中の参拝が出来ました。公開しているわけではないのでしょうが、厳かな祝詞の響く中の参拝に感激しました。また、秋の銀杏は、息を飲むほど見事です。
名前 |
吾妻神社(和利宮) |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0279-75-1498 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.0 |
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他の方のクチコミを見ると賑やかな行事が行われている様で、来年の夏にまた行きたいです✨