近代漫画の祖、岡本一平の旧宅。
糸遊庵の特徴
岡本一平が過ごした旧家を復元した貴重な文化財です。
無料で見学できるため、気軽に訪れることができます。
太田宿の静かな片隅に位置しており、歴史を感じられます。
とても風情のある良い場所でした。歴史も含めて‼️
漫画家、岡本一平が約2年間芸術活動をしながら住んでいた【糸遊庵】を一部再現した建物です。3月上旬、お雛様とつるし飾りが開催されていたので伺いました。可愛らしいお雛様がたくさん飾られていました。つるし飾りは、春を感じる色合いでとてもきれいでした。
糸遊庵は、近代漫画の祖として知られる岡本一平とその家族が、美濃加茂市に一九四六(昭和二十二)年に転居してから亡くなるまで過ごした居です。岡本一平の漫画家としての活躍は、明治時代後期から始まります。新聞紙上で漫画に短い文書を添えた『漫画漫文」が連載されると、たちまち大好評となり、彼は「総理大臣の名前は知らなくてもその名を知らないものはいない」とまでいわれるようになりました。一九四五 (昭和二十)年、戦火を逃れて現在の加茂郡白川町三川に疎開。この地で、人間の感情や生活をこだわりなく五・七・五の詩形で表現する「漫俳」を提唱し、一九四六(昭和二十一)年には現在の美濃加茂市古井町下古井に転居。終戦直後の暗い世の中に活気をと、漫俳や地方講演などの活動をはじめた矢先、彼は脳造血のため帰らぬ人となりました。しかし今もなお、漫俳や彼の絵画作品などは、この地域の人々に大切にされ、伝えられています。
2024年10月中旬土曜日早朝。散歩がてら立ち寄ってみました。早朝なのでまだ開いていませんでした。
岐阜県美濃加茂市の太田宿中山道会館の敷地内にある糸遊庵は、太陽の塔で知られる芸術家、岡本太郎の父である漫画家、画家、文筆家の岡本一平が1946年(昭和21年)から死去するまでの2年間住んだ建物を再現したものである。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)3月に岐阜県加茂郡白川町に疎開し、1946年より加茂郡古井町下古井(現在の美濃加茂市)に移り、ここで文筆活動を行った。一平の終の住処である糸遊庵は太田宿中山道会館に再現されたもので、中には岡本一平の軌跡がパネルで紹介されているほか、文筆活動をしていた部屋の一部が再現されています。
太田宿の片隅に位置している岡村一平の旧家。
中は無料で見学できます。
岡本一平の貴重な旧宅です。
戦後岡本一平が暮らし生涯を終えた住居の一部を移築復元したものです。一平はこの家を糸遊庵(しゆうあん)と名付け住んでいました。一平は晩年は岐阜で暮らしていたのですね。知りませんでした。建物の一階部分は休憩室のようになっていますが、二階部分には一平の書斎が復元されています。また生涯を紹介する展示もあります。建物の前には一平の漫俳の碑があります。一平の優れた感性が感じられます。木曽川と枕を並べ昼寝かな秋晴れに映画の景色行くここち。
| 名前 |
糸遊庵 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日火水木] 9:00~17:00 [月] 定休日 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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岡本太郎の父のアトリエということでちょっと立ち寄ってみました。奥さんと奥さんの愛人と一緒に生活していた人なのでなにか普通とは違ったものが見えるかと期待しましたが案外普通の部屋でした。