群書類従の版木が圧巻!
塙保己一史料館の特徴
国重要文化財群書類従の版木が圧巻で必見です。
ヘレン・ケラーが敬愛した塙保己一の史料館が魅力的です。
限定的な情報を提供するマンツーマンの説明が受けられます。
建築として評価昭和2年の建築です。古いけど、古臭く無くて、カッコいい建物です。シンメトリーに両翼を広げた構成なので2階建てとは思えない大きさに見えます。地面に接する外装にスクラッチタイルが使われているのですが、弱いスクラッチタイルを何故そこに?です。内部は木版が収められた部屋の窓のシャッターは後付けでした。シャッター無しで昭和20年の東京大空襲で木版燃やさずに生き残っています。倉庫目的でもあるので内部はシンプルですが階段下の曲面まで面取りしてあったりと、とても手が混んでいます。
名称は塙保己一史料館ですが、誤解を恐れず敢えて言えば、こちらは塙保己一が編纂した『群書類従』の版木の倉庫となります。偉人を顕彰する一般的な史料館と違って別に塙保己一ゆかりの品々が展示されている訳ではありません。しかしそうは言ってもここに保管されている『群書類従』の版木は全部で17,244枚あるのだそうです!これだけの数の版木はやはり圧巻ですね。歴史ファンや研究者にはこれを見るだけでも十分価値があると思いますが、折角ここまで来たのに版木を見ただけで帰るのはやはりもったいない気がしたので、私は保己一の生涯を紹介した「塙保己一の生涯と『群書類従』の編纂」という冊子を購入して家に帰って読みました。保己一の生涯だけでなく保己一や『群書類従』に関するエピソードも紹介されていてなかなか興味深い内容でした。これは塙保己一と『群書類従』について知りたい方にはお勧めの一書だと思います。
渋谷にある銭湯改良湯の坂を上がったら國學院方面突き当たりにありました。入館料100円払うと館長が丁寧に説明してくれます。今でも現役の版木です。この全盲の偉人のおかげで後世に作品が残ったわけです。偉業を讃え神が幾多の災禍から守ってきたとしか思えません。この建物は渋沢翁が昭和2年に版木の倉庫として建てたものです。
日曜の16:25くらいに渋谷にある塙保己一(はなわ ほきいち)資料館へ行って来ました♪塙保己一(延享3年(1746年)〜文政4年(1821年))とは、江戸時代に活躍した全盲の国学者で、日本古来の貴重な古典文学や雑多な史料を全国から集め、後世に伝えようと約670冊にもなる文献集「群書類従」を編さん・出版し、現在もその版木が残されているとは素晴らしいです!たとえば、竹取物語や伊勢物語、徒然草、万葉集、聖徳太子の十七条憲法などですね。三重苦で有名なヘレン・ケラーはこの塙保己一を目標としたようで、実際に昭和12年(1937年)にこちらへ来ているとは驚きました。そのヘレン・ケラーの言葉としては以下があります。「私は母から、塙先生をお手本にしなさい、と言われて育ちました。今日、塙先生の御像に触れることができたことは、日本に来て最も有意義なことと思います。頭を傾けておられる敬虔なお姿と、手垢の染みたお机に、心から尊敬を覚えました。先生の御名は、流れる水のように永遠に伝わることでしょう。」この館内には、その総数1,277種の貴重書が25部門に分類して収録され、総計17,244枚もの桜の木の版木がズラリと並べられていましたね。もちろんこれらは国の重要文化財に指定されています。その版木を実際に見ることができましたが、墨を塗って紙に押し付けて書物とするものなので、文字は反対に彫られています。この文字は彫刻刀で一文字ずつ彫られているとのことでしたね。これはかなり大変だったと思いますし、素晴らしいです!現在もそれら書物は摺られて有料で頒布されているようです。ちなみに竹取物語の一部は300円、聖徳太子の十七条憲法は1,000円でしたね。なお、大正12年(1923年)の関東大震災の際は、倉庫は全壊しましたが焼失を免れ、そのため耐震性あるコンクリート造りの今の建物が昭和2年(1927年)に完成し、ここで今まで版木等は保管されているようです。太平洋戦争時代の昭和20年(1945年)5月25日には大空襲を受け、建物の前に2本の焼夷弾が飛び込んだが、当時の会長が手づかみで館外へ投げ出し、自らの服に燃え移った炎は水の中に飛び込んで消すことができたようです。また2011年の東日本大震災時は倉庫内の棚が少し傾いてしまったので、それを直して強化したようです。これからもこれら重要文化財はぜひ残って欲しいと思います。
100円でマンツーマンで説明をいただいた。恥ずかしながら、受験勉強で塙保 己一と覚えていたが、塙 保己一だった。
国重要文化財の「群書類従」の版木は圧巻。
ヘレン・ケラーが敬愛した盲目の国学者、塙保己一の史料館。保己一が編纂した『群書類従』の原版が保存されています。解説員の方の解説も丁寧で分かりやすかったです。入館料100円というのも嬉しい。
渋沢栄一が中心となって設立建造された。
塙保己一資料館。明治42年渋沢栄一達により設立された公益社団法人。温故学会の名前の由来は、論語の温故知新(古きを訪ねて新しくを知る)の趣旨で付けられ、保己一の精神に基ずいて活動。版木約2万枚保存。夏休みに版木画の会に小学生の孫が参加させて頂いた。私も臨済宗の住職の説法、般若心経の会に参加させて頂いている。恵比寿、広尾、表参道の散策は江戸時代の様子から今の時価の話、多義に渡って教えて下さり楽しウォーキングであった。種々の講演会も開かれている。 建物は氷川神社、国学院大学の直近に位置しており、平成12年文化庁より有形文化財に指定。
| 名前 |
塙保己一史料館 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3400-3226 |
| 営業時間 |
[月火水木金] 9:00~17:00 [日土] 定休日 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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盲目の国学者、塙保己一は、まだ日本で活字ができる以前に、木版画で全666冊の群書類従を編纂しました(1793〜1819年)。古代から江戸時代までの多数の史書・文学を収めた叢書で、現在も歴史・国学・国文学等の研究に活用されています。その群書類従のための17244枚のヤマザクラの全版木が奇跡的に残され、ここに保管されています。これほどの版木の保管は世界でも類がなく、重要文化財に指定されています。戦禍を免れた建物は1927年竣工。まもなく100年になります。ここから徒歩数分の所にある白根記念渋谷区郷土博物館・文学館、國學院大学博物館と3館まとめて見学すると面白いです。