淡嶌大明神の歴史を感じる。
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風化して読むのがやっとの石碑には、「淡嶌大明神」の文字がかすかに残っています。隣に後年据えられた石碑には、お磯下りの際の神輿担ぎの休憩場所?であったような記述がありますが、新宮素鵞神社はここからずっと海寄りの三反田地内なので、ここがお磯下りの神輿回りの経由地だっとすると何だか不思議な感じがします。
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名前 |
淡嶌大明神 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
2.5 |
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「家政婦は三反田」としてテレビドラマでも知られるひたちなか市三反田の誇る三反田アパート近くの狭い道路沿いにあるコンクリートブロックの置かれた一角,両脇に淡嶌大明神と記された石碑と由来碑がありました。「嶌」は「島」ですので淡島神,つまり女性の守護神でしょうか。由来碑の説明によりますと,「新宮明神はもと岡田坪に鎮座し,岡田明神と号す。寛永14年今の神境冨士山に遷座し,その後元禄10年蜆塚坪の素鵞神社を合祀して新宮素鵞神社と改め,三反田の鎮守として代々奉斎し今に至る。以来,春の例祭4月3日の神輿村回りの儀,或いはヤンサマチの磯下りに鎮守の神輿を奉じ,神道を進み来たり手,最初に駐輿せし所として此地に塚を築く・・・」なるほど,新宮素鵞神社からの御神輿がまず当地に駐輿したと。淡嶌大明神の石碑は,直接の関係はなさそうですね。四角形のコンクリートブロックは「塚」の後継で,神輿を置く台であろうかと思ったのですが,どうでしょうか。