駿河33観音の美しき寺。
洞雲寺の特徴
藤枝市に位置する駿河三十三観音霊場は特別な場所です。
魅力的な松の木が本堂の左側に佇む寺院です。
曹洞宗の如意輪観音菩薩が祀られた綺麗な寺です。
駿河三十三観音霊場 五番札所 曹洞宗 如意輪観音菩薩。
街なかにあるのにとても大きなお寺でびっくり。駐車場が道を挟んであります。こちらには寿老母様がいらっしゃいます。
時間があったのでちょっと寄ってみました。手入れが整った落ち着きのあるお寺です。
私の祖父母の菩提寺です。年に何回か墓参に行きますが、親切の方もよってくれています。
駿河33観音第5番。
綺麗な寺です。
藤枝宿の名刺。 五世良山秀洞が住していた慶長5年(1600)徳川家康は関ヶ原の戦いに出陣する折、洞雲寺にて休憩した。この時献上した柿が縁となり、家康より寺領内竹木伐採禁制の朱印状を賜っている。2代将軍秀忠も上洛の折、洞雲寺に寄り紋付膳具を給付している。江戸時代、朝鮮使節等も宿泊したことがあり、藤枝宿の名刹としてその名が知られていた。天明5年(1785)近くの火事によって類焼し大伽藍を全焼し、文化8年(1811)5月19世右逢原左が諸堂を再建し旧観に復した。再建2ケ月前の夜、原左は霊夢を見て豊川稲荷、弁才天、金比羅宮の3体を合祀した荷荷堂を建立し当山の安全を祈願した。しかし、明治31年(1898)8月23日夜、再び回録の災にかかり、諸堂宇皆烏有に帰した。同年十二月庫裡を再建、大正五年(一九一六) 二八世道順達元は、浄財を集め現本堂を再建し旧観に復した。
曹洞宗の寺院。屋根がメチャ立派です。家康ゆかりの名刹。
藤枝宿の名刺。 五世良山秀洞が住していた慶長5年(1600)徳川家康は関ヶ原の戦いに出陣する折、洞雲寺にて休憩した。この時献上した柿が縁となり、家康より寺領内竹木伐採禁制の朱印状を賜っている。2代将軍秀忠も上洛の折、洞雲寺に寄り紋付膳具を給付している。江戸時代、朝鮮使節等も宿泊したことがあり、藤枝宿の名刹としてその名が知られていた。 天明5年(1785)近くの火事によって類焼し大伽藍を全焼し、文化8年(1811)5月19世右逢原左が諸堂を再建し旧観に復した。再建2ケ月前の夜、原左は霊夢を見て豊川稲荷、弁才天、金比羅宮の3体を合祀した荷荷堂を建立し当山の安全を祈願した。しかし、明治31年(1898)8月23日夜、再び回録の災にかかり、諸堂宇皆烏有に帰した。同年十二月庫裡を再建、大正五年(一九一六) 二八世道順達元は、浄財を集め現本堂を再建し旧観に復した。
名前 |
洞雲寺 |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
054-641-1011 |
住所 |
|
評価 |
4.0 |
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大きな屋根が目をひく本堂ですが、正面に見て左側にそれほど大きくないものの、カッコいい松の木があります。