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山院寺号 宝輪山心城院地蔵寺宗派 真言宗高野山派御本尊 地蔵菩薩慶長八年(1624年)生駒家二代藩主生駒一正公の建立。創建地は阿野郡陶村(綾歌郡綾川町陶)だったのですが寛永の初め大檀家の讃岐生駒藩家老、三野四郎左衛門が高松城下寺町(旧市立四番町小学校敷地内)へ移転し、その後さらに現在地に移転しました。当地蔵寺も昭和ニ十年七月四日未明にアメリカ軍爆撃機B−29による高松大空襲で焼失しました。戦後再建復興し現在に至ります。元々は真言宗大覚寺派の寺院でしたが太平洋戦争後、高野山派に変わりました。余談ですが三野四郎左衛門は主家生駒氏改易後に伊予松平藩主、松平定行に仕え寛永十九年四月三日、松山で死去。当寺は四郎左衛門(法号心城院月山宗圓居士)の位牌所と成っています。また眠り猫で有名な左甚五郎と当寺は縁があります。左甚五郎は文禄三年(1594年)明石に生まれる。飛騨、京都伏見で修行を積み江戸に出て宮大工、宮彫として日光東照宮、上野寛永寺で活躍。しかし江戸城内の秘密地下通路建設に携わり命を狙われそうに成ったので高松に落ち延び生駒家に大工頭として仕えます。その後、生駒家改易に成ると一度江戸に出て、また高松に帰って来て高松藩松平家の客分棟梁として移住し没したと云われています。その移住先が当地蔵寺の土地だったようで寺内に墓が有りましたが、道路拡張工事で現在は屋島の四国村に移転保存されているそうです。現代的な建物の本堂、庫裡に成っていますが境内には可愛らしい地蔵菩薩様の石仏が数体や弘法大師様やフクロウ?が出迎えてくれます。