八岐大蛇伝説の聖地、斐伊神社。
斐伊神社の特徴
斐伊神社は須佐之男命と櫛田比売命を祀る古社です。
紀元前まで遡る由緒ある神社で八岐大蛇伝説の場所です。
鳥居に近い駐車場があり、小高い山にある神秘的な立地です。
「雲南市:斐伊神社」2024年4月にヤマタノオロチ伝説ゆかりの地を巡った時に立ち寄りました。ふと線路沿いを走っていると雰囲気のある階段を見つけました。登ってみると静謐な境内が広がっています。階段を登ったところで振り替えると踏切や町並みの景色が見事でした。この神社は須佐之男命(スサノヲノミコト)と櫛田比売命(クシナダヒメ)を祀っており、ヤマタノオロチ伝説の舞台となったとされる神社です。「我たのむ人を恵みの杉を植えて、八重垣かこみ守る末の代」と詩を詠まれた地でもあります。神社の由緒はなんと紀元前にまで遡ると伝えられており、出雲国風土記には樋社(ヒノヤシロ)として斐伊神社と樋速夜比古神社(ヒハヤビコノヤシロ)の二社が記されています。これが天平時代(710~784年)に現在の斐伊神社に統合されたそうです。このため、以前は斐伊神社と八岐大蛇の頭を埋めた八本杉は同じ境内にあった(今は線路に分断された形になっています)と考えられています。古くから地域住民の氏神として崇められており、境内には本殿のほか稲荷神社、火守神社、八幡宮が鎮座されています。また、斐伊神社は関東地方に分布する氷川神社のルーツと言われています。
小さな境内に密集して配置された社の神社です。由緒書きも有り掃除もされてますが傷みが進んでいるようです。駐車場は微妙に有りません?鳥居横スペースは入りにくいようにフェンスがあることから、暗に駐車禁止を言いたいのかと・・・西北西に八本杉が有りますが線路横断や隣の広場に駐車して良いものか判らないので徒歩でお参りが良いのかと・・・
社務所は無人ですが、神社の由緒は紀元前まで遡ると考えられている古社。出雲国風土記に【樋社】として記載があります。八本杉から約100m、木次駅からは約1km。武蔵国一宮の氷川神社はルーツを出雲大社(杵築神社)からの分祀と称していますが、地理的にルーツは斐伊神社という説に軍配が上がると思います。古代の斐伊川は宍道湖ではなく直接日本海に流れ込んでいて、件の出雲大社は斐伊川の川上ではなく川下にありました。斐伊神社は今も昔も川上にご鎮座されています。氷川神社の御祭神は素戔嗚尊。素戔嗚尊といえば八岐大蛇退治の伝承。八岐大蛇退治とは斐伊川の治水事業から生み出された伝承と考えられています。斐伊川川下にある神社より、川上の歴史ある神社から分祀されたと考える方が自然だと思います。
八岐大蛇退治の舞台とも言える場所に鎮座しています。JRの線路を挟んだ西方に、八岐大蛇の蛇頭を埋めたという伝承のある八本杉がありますが、かつて斐伊神社か樋速夜比古神社のいずれかがあった場所とされています。現在、丘の上にありますが、境内右手上方にある火守神社からの本殿の眺めは素晴らしいです。
鳥居近くに駐車しました。大きくはない神社ですが、孝照天皇三年、当社の分霊は、遠く武蔵国一宮の氷川神社に奉祀されたといい、当時は、相当の大社であったようです。 西向きの鳥居をくぐり階段を上ると、階段途中にも鳥居。そこで北向きに変わる階段の上が境内。社殿は南面しています。 拝殿後ろに本殿があり、その左右に細長い形状の稲荷神社と八幡宮がある。稲荷神社には廿原神社が合祀され、社殿側にも小さな稲荷があります。 境内右手階段の上に火守神社が鎮座。火守神社から見下ろすと、綺麗に維持されている様子がわかります。近くにハ本杉跡があり、八本杉の地は、八岐大蛇の角を埋めた場所との伝承があります。一部その写真も掲載します。
古事記に登場する場所です。
小高い山にあります。足がわるいひとはしんどいです。
一間✕一間 切妻造妻入り 幣殿直結鳥居は寛政三年建立。
ここに祀られているヒハヤヒコノミコトが八岐大蛇であると言われているとの事。
名前 |
斐伊神社 |
---|---|
ジャンル |
/ |
電話番号 |
0854-42-0880 |
住所 |
|
HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6377 |
評価 |
4.2 |
周辺のオススメ

須佐之男命と櫛名田比売を祀り、八岐大蛇伝説の舞台となった場所とされています。ヤマタノオロチは日本神話に登場する頭と尾が八つずつある巨大な蛇で次のようなでん説があります。スサノオが父神の命令を聞かず、亡き母に会いたいと泣き続けたため、父神に追放されました。スサノオは高天原で乱行をはたらいたため、天照大神が岩屋戸に隠れて世界が暗闇に包まれました。高天原の神々が計略で天照大神を岩屋戸から引き出しスサノオを追放しました。スサノオは島根県奥出雲町の鳥髪(とりかみ)という地で老夫婦と娘のクシナダヒメと会いました。老夫婦は毎年ヤマタノオロチに娘を一人ずつ食われており、最後に残ったクシナダヒメを救うためにスサノオに退治を依頼しました。スサノオはヤマタノオロチを退治し、その尾を割って天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を得ました。ヤマタノオロチは大酒をのみ、谷を八つ渡るほどの大きな体でその表面にはコケや杉が生えています。腹で血で真っ赤にただれ、目はホオズキのような恐ろしい姿が描かれています。ヤマタノオロチは古くから氾濫を繰り返していた斐伊川を象徴しているのではないかという説もあります。斐伊川は恵みの川でしたが、洪水のたびに氾濫を繰り返し、人々の暮らしをおびやかす存在でもありました。