伊皿子交差点で発見!
歯科医学教育発祥之地の特徴
伊皿子交差点に建つ碑が印象的な史跡です。
高山紀齋が初めて歯科医学校を創設した場所です。
泉岳寺近くの静かな立地にひっそりと佇んでいます。
泉岳寺の近くひっそりと建っています。
伊皿子交差点にある高山歯科医学院跡、慶應義塾で英学を学んだ高山紀齋が米国に留学し歯科医学を修め、我が国初の歯科医学校を起こした場所である。
伊皿子の交差点にあった。地味に石碑があるだけ。日本で最初に歯科医師の資格を取った、岡山県出身の高山紀齋が、明治23年 1890年に歯科医学院を開設した場所。東京歯科大学の前身。
泉岳寺に行く途中に偶然、目にした感じでへ〜ここからという思いでした。御影石の説明に高山紀齋という人が米国留学で得た理想を元にここに日本初の歯科医学校、高山医学院を設立したとあります。あの野口英世も教鞭をとったとか。その後、血脇守之助が継承、東京歯科大学として現代に至ったそうです。血脇守之助と言えば途方もなく金遣いの荒い野口英世を見捨てないでずっと援助していた人、育ての親みたいな人だったなぁとふと思い出しました。
意外な場所が発祥の地でした。伊皿子の交差点の角に石碑があります。
| 名前 |
歯科医学教育発祥之地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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泉岳寺駅から 伊皿子坂・魚籃坂方面に向かう道路(都道 415号)の 伊皿子交差点に面して, 「歯科医学教育発祥之地」の碑が建っています。碑文には「高山紀斎は米国留学で得た理想を基にここ東京芝区伊皿子町七〇番地に明治二十三(一八九〇)年一月、わが国最初の歯科医学校として高山歯科医学院を設立した。この学院には、後の世界的細菌学者野口英世も教壇に立っている。その後、血脇守之助がこれを継承し、東京歯科医学院、東京歯科医学専門学校、東京歯科大学として現在に至っている。この地に端を発した近代歯科医学教育の精神は高山歯科医学院開設以来百有余年、脈々と今に引き継がれている」と書かれています。