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名前 |
八幡社 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
祭神 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)鳥居 明神鳥居(セメント) 昭和三〇年再建狛犬 昭和六二年一〇月 髙橋和正奉納由緒 江戸時代の末期、佐伯藩主第一ニ代高謙公の時代に藩の財政立て直しのため、領内漁村の振興発展を計ろうとして、領内二八か村百姓の二男・三男などに呼びかけて勧業した。このため、梶寄地区に移住者が増大した。そのような時に佐伯在郷の堅田村から梶川氏がやってきた。しかし過密状態の梶寄には住めず、やむなく下梶寄に居住した。その梶川氏は漁業を営み、漁閑期には山師として日向方面に出稼ぎに行っていた。その時に日向の国から八幡神社の分神を招魂して下梶寄の氏神として祭り、明治六年(一八七三)に創建した神社である。(鶴見町史より)「八幡社」と登録されているが、扁額は「引目八幡社」となっている。