周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
全国旅行支援に乗じて、令和4年11月14日(月)から22日(火)にかけて山陰地方を旅して来ました♪松蔭先生の立志の地には、19日の土曜日朝からになりました。山口県は、島根県出雲市から大田市、益田市とひたすら山陰道(9号線)を西進し、山口県萩市内に18日〜19日にかけて滞在、20日は湯田温泉に宿泊しました。マイカーで神奈川県から約1,200キロ走って長州藩に!松蔭神社の境内を進むとこの碑文の前に来ます。「親思ふこころにまさる親ごころけふの音づれ何ときくらん」寅次郎「父叔兄宛書簡」永訣の書安西6年(1859)10月20日 松蔭先生30歳何と心に響いてくる言葉であろうか、死を前にした松蔭せんせいの心境は幾許か計り知れない!子供が親を慕う心持ちよりも、親が子を愛する親心は、どれほどまさったものであろう。死なねばならぬ私の便りを知って故郷の両親は、どんなに悲しむことであろう。これは、処刑される1週間前に書かれた書簡で、父百合之助、叔父玉木文之進、兄梅太郎への別れの言葉となっており、世に「永訣の書」と呼ばれる。家国の将来を案じ、「至誠にして動かざるは未だ之あらざるなり」という信念を持って真摯に事に当たってきた松蔭先生であったが計画はいずれも頓挫してしまった。死を前にした松蔭先生の心境は、無念さと将来の期待とが交差したものであろう。