金山城跡で広がる歴史の想像力。
西城の特徴
西城は金山城跡の主要な曲輪の一つで、歴史を感じる広大なエリアです。
幅広い尾根上に土塁や堀切が見られ、歴史探訪に最適な場所です。
駐車場からすぐの場所にあり、穴場スポットとして静かな時間を楽しめます。
取って付けたように平坦になっていて、しかも城跡であることを素直にうなずかせだけの広さを兼ね備えているので、いやが上にも想像力を掻き立てられる…。2025/4/18
文明元年(1469)新田一族であった岩松家純が五十子陣(埼玉県本庄市)を退き金山城に入城しました。「戦国時代の関東の山城には本格的な石垣普請の城はない」という従来の定説が発掘調査で覆されたほど、多くの石垣が多用されています。天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原征伐に際し、前田利家らが金山城を接収し、廃城となりました。駐車場を含む一帯は金山城では西城とよばれ、中心をなしていた実城の西側を守備する曲輪です。
駐車場から階段を登ってすぐの場所。ここから「ぐんまこどもの国」方面へ少し移動した所に彼岸花が咲いていました。
西城の目の前が無料の駐車場になっています。金山城へ行くなら、ここが便利です。
広い尾根上にすれ違い土塁、堀切があり、土塁には石垣が残されています。
こちらはあまり人もおらず穴場。
名前 |
西城 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.9 |
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金山城の西城は、群馬県太田市にある金山城跡の主要な曲輪の一つで、本城である実城の西に位置する尾根伝いの広大なエリアです。新田郡方面の守りの要として築かれ、城主由良氏の一族である泉伊予守が居城したことから「西城殿」とも呼ばれました。西矢倉台西堀切など防御施設が整備され、実城への侵入を防ぐ重要な役割を担っていました。現在も土塁や空堀の跡が良好に残されています。