文化財、まいまいず井戸の魅力。
青梅新町の大井戸の特徴
1998年から公開されている大井戸の歴史を楽しめる場所です。
漏斗状の形状を持つ大井戸が魅力の文化財です。
武蔵野台地のまいまいず井戸が見られる貴重なスポットです。
文化財をちゃんと見せているのは素晴らしい。地表の高さの差に時代を感じます。
大井戸の公開が始まったのは、1998.05からなんだって。青梅市図書館公式の動画チャンネルで、ものすごく大掛かりな発掘作業していたのは、もしかしなくても、ここのやつだったのかな。
大井戸は、人が水口付近まで近づくための擂り鉢形の施設と水をくみ上げる筒井戸からなる漏斗状の形をしています。このような形の井戸は、羽村市のまいまいず井戸(都指定史跡)など、水の得にくい武蔵野台地等で構築されていますが、東西約22メートル、南北約33メートル、深さ7メートルの擂り鉢部と周囲の盛土からなる大井戸は、なかでも最大の規模をもつものです。この井戸が掘られた時期については、定かではありませんが、地表から筒形井戸を構築する技術が一般化する以前の様式であると考えられます。また、武蔵野の原野を走る「古青梅街道」と「今寺道(秩父道)」の二本の古道が交差する位置にあることから、おそらく江戸時代の開発以前から道行く人馬の飲み水を供給する場所となっていたものと思われます。新町村の開発は、慶長16年(1611)に師岡村の土豪的農民吉野織部之助らによって始まりますが、この際、大井戸に大規模な改修が加えられ、塩野家井戸として使用されたことが、開村の様子を記した「仁君開村記」や発掘調査の結果から想定されます。さらに、筒井戸の底付近から出土した、明和7年(1770)の年号と「永代不絶泉」の墨書をもつ願文石から、その後も使用されていたことが明らかになりました。このように大井戸は、中世後期から近世初期の武蔵野台地の開発に関する貴重な歴史的以降で学術的な価値も高い史跡です。
武蔵野台地にはこのような「まいまいず」と呼ばれる井戸がある。鎌倉時代、いや平安時代に掘られたという説もある。羽村駅の前にある五ノ神まいまいず井戸と同様によく保存されている。
名前 |
青梅新町の大井戸 |
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ジャンル |
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住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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HP |
https://www.city.ome.tokyo.jp/site/provincial-history-museum/2732.html |
評価 |
4.0 |
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まいまいず井戸。