小西行長の歴史を感じる!
宇土城跡の特徴
古事記に記された倭比売が埋まる塚がある場所です。
小西行長が築城した宇土城、歴史を感じます。
天守閣跡には小西行長の銅像が整備されています。
小西行長の作った城として知られていますが、小西行長時代の遺構は遥か土中にあり、現在見られる石垣等は、加藤清正時代のものだとか。また、加藤清正時代の石垣も地上部分と同じ規模で地中に埋もれているとか。現在残っているのは主郭部分だけで、石垣も破城の影響か下部しか残っていませんが、ちゃんと横矢掛かってたりして(特に宇土高校の前とか)、いい感じで残っています。だだっ広い主郭は桜の名所にもなっているようです。駐車場はmapにもありますが、道がなかなか狭いので、訪問する際は対向車にご注意を。
城跡ですが、近隣が密接した住宅街であるし、低い土地にあるので、城跡とはあまり感じられませんでした。ゲートボールしている高齢者の方々で賑わっていました。資料館などあり、遺跡などの説明など多くあれば良いかと思いました。入り口も分かりにくいので、もっと大切してもらいたいです。トイレや銅像がある広場は管理はされています。熊本と言えば熊本城のイメージが強いので、キリシタン大名としても有名だったので、熊本県も観光に力を入れても良いのでは?と思います。歴史が好きな方やキリシタン関連が好きな方は観光に来るのも良いかと思います。
天守閣跡に小西行長像があります。当時の石垣がしっかり残っています。史跡ファンにはオススメの場所だと思います。
キリシタン大名小西行長の城跡です。銅像が設置されている方が近世宇土城で、画像の多くの柵が立っている方が宇土古城です。熊本を北と南で2分していた加藤清正が関ヶ原の戦い直後、行長の弟行景に降伏開城を迫った舞台です。
駐車場までの道が少々狭いです。
銅像があります。遺跡のようなものは皆無です。
小西行長さんの像があります!石垣も残ってますよ。
良く 整備されている。
小西行長が築城した方の宇土城です。墓地側より上がると本丸跡になりそこに行長像が建っています。城の遺構としては行長像の裏側を下りると石垣と堀がありますが、これが行長時代の物か清正の手が入った後のものかはわかりませんが、屏風折れの石垣と堀になっています。
| 名前 |
宇土城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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駐車場の前がお墓なのでなんとなく...私が訪れたのはココに古事記に書かれた倭比売が倭健に与えた女着物(ぎおんびら)を埋めた塚と考えられる。しかし、小西行長が埋めた場所を更地にしてしまった為に痕跡を見つけることができなかった。熊本市味噌天神社と山鹿酒呑童子山とココが直線に並んでいる。