戦跡を巡り、命を思う。
読谷山飛行場跡・掩体壕の特徴
戦後77年が経過した今も現存する貴重な遺構です。
旧日本軍が使っていた掩体壕の重要性を感じます。
ひっそりとした場所にある史跡で静かな佇まいを楽しめます。
道路が途中から砂利道にかわって、左右プチジャングルになるけれど、着いた先は広場になっていて余裕で車を停められます。遺しておくべき場所です。
大東亜戦争の戦跡めぐり読谷村民を動員して作った旧陸軍北沖縄飛行場。航空機を隠すために作られた掩体壕です。今ではここしか掩体壕はありません。
旧日本軍の北飛行機に造られた掩体壕約10基のうち現存する最後の1基。義烈空挺隊玉砕の地でもあるそうです。
旧日本軍が戦闘飛行機を隠したシェルター。80年以上前の戦跡がしっかりとした形で残ります。壕内にできた鍾乳石が時間の経過を物語ります。こんなに近距離で、じっくり見られる掩体壕は少ないかと。
ドラム缶を積み上げ基礎を作った後、コンクリートで上面を固めた飛行場の格納庫✈︎ 戦後には7基確認できたそうですが、これが現存する最後の掩体壕となっています。現在では鉄骨の補強が入り原型はとどめているものの、大分コンクリートの劣化が進んでいる為、遠くない未来には見られれなくなるでしょう。縁部の弾痕跡が当時の凄まじさを忍ばせます。近くにある飛行場の滑走路も同じく、将来的に歴史的遺産となる遺構です。これ以上風化しない手立ては取れないものなのでしょうか。当時の戦争で私の伯父さんも亡くなっています。ここで、手を合わせる事しか出来ない私は、自分の無力さに情け無さを覚えます。どうか安らかにお休みください🙏
戦後77年今も現存する遺構です。機銃掃射の痕などが生々しく残っています。
こういう場所へ来ると背筋が伸びて、昔の人のことを思い出さずにはいられません。掩体壕近くまで車で来てもUターンできるスペースがあるので心配なさらず来てください。
飛行機を格納していた所で、今は鉄骨で支えてます。
何とも言えない漢字のあるところです。戦争の遺構なので面白半分ではいってほしくないところです。
| 名前 |
読谷山飛行場跡・掩体壕 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.tsunagaru-map.com/yomitan-culture-guide/map.html?point=1212 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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昔から気になっていた場所へ、、、!!筋道を通ると突然開けた場所へ…これが現れます。歴史を感じられて感動しました。