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薩軍加治木隊3番小隊•東楠薗利助の墓です。出会った現地の方が、わざわざ墓地まで案内してくださいました。位置的には手書きの案内板が立っている場所から見える裏山です。“殉死ノ地”もこの墓地付近だそうです。明治10年2月26日、加治木隊の16人は玉名での戦いで後退を余儀なくされ、山に隠れ味方を待つもやって来るのは官軍ばかり。生還の望み無しと判断し遂にこの地で全員自決することに。遺体はこの地に埋葬され、その後東楠薗以外の15名の遺骨は親族によって故郷に帰った。東楠薗の幼馴染で、加治木隊5番小隊で参軍し生還した有村興助が、明治12年になって地元加治木で墓石を作りこの地まで運んで来たとの事。